第196話『コマンド:にらみつける』

 メイド喫茶の料理と雰囲気を楽しみながらふと壁の時計に目を見ると、文化祭の開始から時間も経ち、もうまもなくお昼に差し掛かろうかという頃合いになっていた。

 好調だったメイド喫茶のスタートダッシュの波はまだ引いておらず、店内の座席は全て埋まったまま。退店する客が出て空きができても、まだすぐに新規の客が案内されてその穴を埋める。


 時間経過ごとに外部からの来場者も増えつつあるらしく、窓から覗く屋外には私服や他校の制服の姿も見受けられるようになってきた。


 ここまではいわば前哨戦、客自体の総数も増えてくるここからが出し物の本番と言えるが、今の様子を見るかぎりこのメイド喫茶は安泰だろう。売上げトップはさておき、閑古鳥が鳴くなんて事態にはまずならないはずだ。


 ただ一つ懸念があるとすれば、それは祭りという独特の空気感に影響され、よくない方に気を大きくする者が現れないかということである。


「えー、いいじゃん。メイド喫茶なんだし少しはそれっぽいサービスしてよ」


 横柄な言葉が聞こえてきたのは、ちょうど優人たちのテーブルで空になった容器を雛が下げにきたタイミングだった。

 雛や両親と揃って声の方に目を向けると、二人組の若い男性客が一人のメイドに絡んでいる光景が見て取れる。


 彼らが何を要求したのかは分からないが、手にしたスマホを振っているあたり写真か、それに類する何かだということは予想できた。

 もちろん撮影は前もって禁止されているし、たかが一枚でも許してしまうと周囲の客に示しがつかない。


 なので当のメイドも「き、規則ですので……」と断りを入れているものの、元々が控えめな性格なのか、相手が年上の男なのもあってあまり強く出れないのか、曖昧な笑顔でたどたどしく首を振っている。


 見方によれば庇護欲がそそられる可愛らしい姿なのだろう。

 しかし実際はただ本当に困っているだけであるのに、押せばイケるとでも判断した男たちは「ちょっとぐらいさ」となおも食い下がろうとする。


「すいません、すぐ戻ります」


 雛の動き出しは早かった。

 下げようとしていた紙皿を一旦テーブルに置き、すぐさま救援へと向かう。


「申し訳ありませんお客様。当店では撮影といった行為はご遠慮してますので、どうかお控えください」

「いやいや、いいでしょちょっとぐらい。本来メイド喫茶ってそういうところじゃん? それにそこ、メイドなんだからお客様じゃなくて、ちゃんとご主人様って呼んでくれなきゃー」

「……失礼しました。ですが、あらかじめ掲示もしてますのでこういったことは――」

「だからちょっとだって。別にSNSに上げたりはしないからさ」

「ってかこの子の方がよくね? 俺めっちゃタイプだわ」

「お、確かにー。じゃあさ、写真はいいから君がこの後付き合ってよ。シフトいつまで?」


「――あ゛?(ぶちん)」


 優人の中で何かが切れる、すっごい音がした。

 父親譲りのただでさえ鋭い目つきがさらに鋭さを増し、もはや幕末の人斬りが真剣を向けるような容赦の無さで男たちに注がれる。


 何なんだあいつらは。

 たかが呼び方一つで揚げ足を取ってメイドらしさを守れと言うのなら、まず自分たちが客として最低限の品位を守ったらどうか。


 そもそも雛の『お客様』呼びは、これ以上の勝手な行いはご主人様として扱えないが故のあえてのものであり、雛も言ったが前もって掲示されたルールを守れないなら最初から来店してくるなというか押しに弱そうな子を選んで迫ろうとする性根が気に入らないというかわざわざ雛が助け船を出してまで場を収めようとしているのにこれ以上迷惑をかけるなというか写真の代わりがこの後の予定ってだからナンパも禁止だっつってんだろというかつーか彼氏の目の前で大事な大事な彼女に手ぇ出してんじゃねえぞおうコラこの野郎がエトセトラエトセトラ。


 ひとまずは落ち着きを見せていたはずの、雛がちょっかいかけられやしないかを心配する気持ちが瞬く間にヒートアップし、優人の身体を突き動かす。


「優人、手なら――いや、なら貸せるがどうする?」

「頼む」


 厳太郎の申し出には短く応じ、二人は男たちの方へと大股で歩み寄る。

 騒ぎに気付いて店内に来た小唄よりも、見かねて間に入ろうとした裏方の男子よりも、早く。


「いいからさあ、ちょっと――」

「失礼」


 いよいよ雛に直接触れようとしていた男の手を腕で遮り、同時に雛の肩をやんわりと引いて自分の後ろに下がらせる。男が手を伸ばしたのは角度的に雛の手首だと思うが、たとえ身体のどこであろうと指一本たりとて触れさせたくはない。


「優人、さん……?」


 背後から聞こえる声を今は受け流し、自分に目を向ける男たちを優人は見下ろす。

 雛に触れようとした男を特に敵視しているせいか、彼の口の端がひくりと引きつった。


「な、何か……」

「いえ、さっきから見てましたけど、さすがに目に余るんじゃないかと思って」


 口調はあくまで冷静に。これはケンカでなく、ただの注意・・なのだから。

 ただし目が笑ってないどころか絶対零度なのを自覚しつつそれを維持していると、優人の脇に進み出た厳太郎が男たちのテーブルに手を伸ばす。


 優人よりも無骨さのある指が、しっかりテーブルにも備え付けられてある禁止事項の注意書きをトントンと叩いた。


「撮影や勧誘、また過度な接触などは控えるように――ここにそう明記されているだろう? さすがにこれ以上は感心しないな」


 どこぞの裏家業の若頭と言われても納得してしまいそうな雰囲気を持つ厳太郎。

 そんな父の様相が色濃く遺伝した優人。


 ゴゴゴゴゴゴ……、という擬音が生えてきそうなそのコンビに圧をかけられてだらだらと冷や汗を垂らし始める男たちを見て、席に座ったままの安奈がこう呟いた。


「うわあ、かわいそ……」

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