第195話『ご内密にお願いします』

≪前書き≫

 今話もお読み頂いてありがとうございます。

 突然で申し訳ないのですが物語の修正がありまして、雛のクラスの出し物は『メイド&執事喫茶』ではなく普通に『メイド喫茶』のみに変更させて頂きます。

 それに伴い第193話と第194話の文章も一部修正しましたので、どうかよろしくお願いします。







「はい、次の方は――お、先輩やっと来ましたねー」

「……ああ、後ろの二人も合わせて三人で頼む」


 雛たちのクラスに到着して列に並ぶことしばらく、もうまもなく優人たちの番になるタイミングで受付に来た小唄に指を三本立てて見せると、彼女は「三人?」とサイドテールの髪を揺らす。


 優人の背後にいる両親、視線の向き的にとりわけ厳太郎の方に多く視線を注いだであろう小唄は、親子の顔を見比べて「はえー……」となにか得心が行ったように頷いた。


「ひょっとしなくても先輩のご両親ですよね?」

「そうだ」

「先輩はパパさん似だったわけなんすねえ……てか遺伝子パない」


 それはまあ、優人もそう思う。

 鋭い目つき然り、高めの身長然り、自分は厳太郎の血を色濃く受け継いでいる。

 小さい頃はその目つきに悩まされたこともあり、いっそ安奈の方に似ていれば、なんて考えたこともないわけではない。


 でも現在いま、雛が『力強くてかっこいい』と言ってくれるこれは密かな誇りなのだ。


「あら、優人のお知り合い?」

「はい、先輩と同じ部活の鹿島小唄って言います。どうも初めまして!」


 優人たちの親しい雰囲気に気が付いた安奈が声をかけると、小唄はその場で軽く頭を下げた。


「こちらこそ初めまして。この子の母の安奈と、この人は――」

「父の厳太郎だ。優人がいつも世話になっている」

「いえいえ、こちらこそ。……先輩に似た感じの人から素直にお礼を言われるのってなんか新鮮っすね」

「おい」


 それはいったいどういう意味だ。

 聞き捨てならない台詞に思わず半目で突っ込んでみるも、小唄はけらけらと愉快そうに笑っている。


「だって、先輩って基本ベース照れ屋で無愛想じゃないっすか。まあ、雛ちゃんと付き合うようになってだいぶ雰囲気は結構柔らかくなってきてると思いますけど」

「そうねえ。さっきだって私たちと一緒に回ることを渋ってたぐらいですもの」

「そうなんですか? いいじゃないっすか家族と一緒、あたしだって午後はそのつもりっすよ」

「あーあー分かった分かった。今はこうして大人しく付き合ってるんだから、それでいいだろ」


 小唄の場合は彼女の弟妹ていまいと一緒だろうから、優人とは人からの見え方も違ってくるだろうと反論したくなる。が、ここはひとまず戦略的撤退を選択だ。


 優人の態度に『ほらこれだ』と言いたげに肩を竦めた小唄は、入り口の方からちらりと店内に目を向けた。


「すぐ案内するんでちょっと待っててくださいねー」


 そう言い残して受付を別の生徒に受け継ぐこと二、三分、したり顔で戻ってきた小唄に案内されて店内へと足を踏み入れると、さっそく一人のメイドが優人たちが出迎えてくれた。


 ――さて、ここで改めての確認にはなるのだが、この喫茶店においてメイドの指名といったサービスは行われていない。よって接客はその時々で手の空いている人間が請け負う形であり、誰か出迎えてくれるかは入店のタイミング次第、つまりは時の運である。


 だがこれは、果たしてたまたまタイミングが良かっただけなのだろうか。……直前の小唄の表情が恐らく答えだ。


「お帰りなさいませ、ご主人様。それと旦那様と奥様も」


 腰の前で両手を揃え、堂に入った佇まいで一礼するのは、雛。

 浮かべる笑顔は優人と二人きりの時とは違い、愛らしさをやや抑えたような外行きの笑顔ではあるけれど、それでも見事と言うほかない。むしろそのかしこまり具合がメイドらしさをより助長させているとも言えた。


「あらまあ……」

「これは見事な……」


 誕生日に先んじて雛のメイド姿を見ていなければ、優人も今の両親と同じように呆けてしまったかもしれない。それほどまでに雛のメイド具合は完璧だった。


「お席までご案内します。こちらへどうぞ」


 すっと細い手で促す雛に連れられ、優人たちは窓際のテーブル席に着席する。

 教室の机を組み合わせ、その上から白いテーブルクロスを重ねた四人掛けの席。卓上にはすでにラミネート加工されたメニュー表が置かれており、手作りながらも筆記体で書かれた英字のおかげで雰囲気が出ている。すぐ横にはちゃんと日本語の注釈あるので、英語に不慣れな人でも分かりやすい作りだ。


 このようにメニュー表といった小物一つとっても味があり、内装こそあくまで文化祭レベルではあるが、何より店内で悠々と動き回るメイドのおかげでなかなかの完成度に仕上がっていた。


 ちなみに余談だが、当初の予定にあったメイド一人一人にキャラ付けをするとかいう案は廃止となったらしい。

 何でも接客練習中、雛のこれぞメイドという立ち振る舞いに『やはり王道こそ至高……!』という結論になったからだそうだ。


「すごいわねえ、想像以上のクオリティで正直驚きだわ。雛ちゃんのメイド姿もとっても可愛らしくて素敵ね」

「恐れ入ります、奥様」

「奥様! 奥様ですってちょっと聞いた!?」

「聞いたよ。最初にも言ってただろ」


 実の母が年甲斐もなくはしゃいでいるという反応に困る様子に嘆息し、優人はテーブルの横に立つ雛を見上げる。


「外から見た感じは順調そうだけど、大丈夫か?」

「今のところは特に問題ないですね。ふふ、パンケーキも好評なんですよ?」


 ちらっと雛が目配せした先にいた一組の親子は誰かの家族だろうか。

 母親からカットされたパンケーキを食べさせてもらっている小さな男の子は、美味しそうに笑って次の一口を母親にせがんでいる。


 別に優人が作ったわけではない。けれど、眺めていると自然と胸を撫で下ろす光景だった。


「む、パンケーキに何かあるのか?」


 メニュー表を見ていた厳太郎が顔を上げて尋ねれば、雛は「はい」と嬉しそうに答えた。


「実はメニューのパンケーキ、優人さんに協力してもらって作った商品なんですよ。主にレシピの提供や作り方の指導ですね」

「あら、そうなの? そうなると一押しはやっぱりパンケーキなのかしら?」

「はい、私たちが自信を持ってオススメできる商品です! こちらからトッピングでソースもお選び頂けますので、お好みでどうぞ」

「なら私はパンケーキにハチミツトッピングで。厳太郎さんは?」

「同じものをブルーベリーソースで頼もうか」

「かしこまりました。ご主人様はどうされますか?」

「俺は、そうだな……」

「よろしければ、ストロベリーソースなどはいかがでしょうか?」

「え? あー、じゃあそれで」

「かしこまりました」


 最後に各々好きな飲み物を追加すると、雛は「少々お待ちください」と一礼してテーブルを後にする。彼女がなぜストロベリーソースを勧めてきたかはよく分からないが、特にこだわりもなかったので素直に提案を呑ませてもらった。


「なによ、優人ったら水臭いわねえ。あなたもメニューに一枚噛んでるならそう言ってくれたらよかったのに」

「別に大したことはしてないだろ。あくまで教えた程度で、俺が作ってるわけじゃないんだし」

「そんなこと言ったら私の仕事にだって似たようなものがあるわよ。ね、厳太郎さん?」

「ああ。つまるところは監修なのだろう?」

「プロの仕事と一緒にされるのは恐れ多すぎるんだけど……」


 安奈の仕事にはパティシエとして単純に商品を作る他、新規で立ち上げる店のメニュープランを練るといったものがあるのは知っている。

 確かに本質は似たようなかもしれないが、海外でも活躍している安奈から見れば、高校の文化祭の喫茶店など手慰みレベルだろうに。


 そうこうしてる内にトレーを抱えた雛が戻ってきた。

 注文通りの品を安奈、厳太郎と順繰りに置いていき、最後に優人。紙皿に盛られたパンケーキは提供直前に電子レンジで再加熱されたのか、ほのかな温かみが漂う美味しそうな仕上がりだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 雛はそう言ってまた丁寧に腰を折り、別のテーブルの接客へと向かおうとする。

 優人の本音を言えばしばらく居てほしいところだが、今の自分はあくまで客の一人でしかない以上はわがままも言えない。あからさまな優遇は面倒を呼び込む可能性だってあるのだから。


 気を取り直し、後輩たちが作ったパンケーキの出来映えはどんなものかと使い捨てのフォークに手を伸ばした瞬間、優人の動きが止まる。


 トッピングとして追加され、パンケーキ全体に満遍なく行き渡るよう波線を描く形でかけられたソース。しかし優人の分にだけ、波線の他にとある図形がこっそりと書き足されていた。


 ――ストロベリーソースの情熱的な赤色で描かれた、小さなハートマークが。


 思わず立ち去った雛の方に目を向ける。いつの間にか振り返っていた雛は優人の反応を見て静かに微笑むと、閉じた唇に人差し指を垂直に当てる。


『内緒ですよ?』


 そんな一言が脳内再生されるには十分な仕草だった。


「どうかしたか優人?」

「な、何でもない」


 両親にバレないようさりげなく手で隠しながら、その部分を切り分けて早々に口へと運ぶ。

 丸ごと飲み込んだハートマークは、とても美味しい、優しい甘みのある一口だった。

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