第194話『ちょっとバツゲームな誘い』

 家庭科室から移動し、なんとなく気が向いたので体育館で行われているオープニングイベントを覗きに来た優人。

 ダンスパフォーマンスなどを中心としたその出し物が終わると、文化祭のパンフレット片手にそれぞれ目当ての場所へと向かう生徒の姿を見かける。


 不躾ぶしつけとは思いつつ、たまたま近くにいた男子三人組の会話に聞き耳を立ててみれば、『メイド喫茶』という単語を口にしていた。喫茶店はさておきメイドのコスプレまでするクラスは一つだけなので、彼らのお目当てはまさしく雛たちのクラスなのだろう。


「お前、誰狙い?」

「んー、鹿島とか一ノ瀬も捨てがたいけどやっぱ空森だろー」

「だよなあ。シフト最初かららしいし、早速行ってみようぜ」


 体育館から出て行く彼らの背中を、優人は黙って見つめる。


「…………」


 落ち着け自分。こればっかりは仕方ないし、分かり切っていた事態。ただ客として訪れるだけの彼らを責めることなどできるはずもない。

 自身の内圧を下げるように優人は息を吐き出すと、腰に手を当ててしばし顔を俯かせた後、結局彼らと同じ場所へと歩き出した。まあ、とりあえず、ちょっと様子見だ。


「焼きそばいかがっすかー!」

「手芸部でコスプレ体験やってまーす。興味がある方はどうぞー」

「はーい2-Cお化け屋敷、今ならすぐ入れますよー!」


 文化祭開始から二十分程度、早速自分たちの出し物に客を呼ぼうとする声があちこちで上がっているが、さすがにまだ一般の来場者は少なく、校内を行き交うのはほとんどここの生徒ばかり。各模擬店の客入りもまずまずといったところだろう。


 しかし、そんな状況下なのに早くも待機列が形成され始めている一角を目の当たりにした途端、優人はそれを喜ぶべきか嘆くべきか判断に困ってしまった。

 前評判は結構いい、という初賀からの情報は確かなものだったらしい。


「さあさあお帰りなさいませご主人様たち! メイド喫茶はこちら、混み合う前にお早めにどうぞ!」


 責任者リーダーという立場故か、クラスの陣頭に立って呼び込みを行っているのは小唄である。

 メイドというには些か活気に溢れすぎる様子ではあるが、彼女自身もしっかりメイド服で着飾っているので人を引きつける効果は十二分。メイド服には何パターンか種類があるらしく、小唄が着ているのは雛よりもスカートの丈が短い半袖のタイプだ。彼女の活発さの象徴でもあるサイドテールの髪型によく似合っている。


 そんな小唄の呼びかけに足を向ける客、並びに出口側の扉からちらっと覗けた店内にいる客の八割方が男子であることにまた少し頭を悩ましつつも、優人は顔を上げた。


 先ほど初賀が『ナンパや撮影はナシ』と言っていたが、その旨は入り口近くにしっかりと掲示されている。加えてメイドの指名といったサービスは行っていないとも明記されているので、面倒が起きないようにするための予防策はあらかじめ講じてあるようだ。


「お」


 ちょうどよく、店内のテーブルの前で注文を聞いている雛を見かける。

 優人の誕生日以来に見ることになったメイド服姿は今日もよく似合っていて、そこには段違いの華があった。


 雛はこちらの視線に気が付かない。

 そのことが少し寂しくもあるけれど、きっと頑張り屋な彼女は目の前の仕事に真面目に取り組み、集中しているからこそだろう。


 ひとまず客として来店するのは、また折を見て。

 それよりもシフトを終えた雛と文化祭を一緒に回る約束をしているので、先に校内を見回って面白そうなところに目星をつけておき、彼女をエスコートできる準備でも整えておこう。


 文化祭開始前に雛に送った『頑張れ』というメッセージをもう一度小さく唱えると、優人は振り返ってメイド喫茶を後にした。








 パンフレットの情報を元に校内を物色し、雛が興味を持ちそうな出し物にいくつか見当をつけた頃、スマホに届いたメッセージを読んだ優人は校門の前に来ていた。

 到着から約五分、慣れ親しんだが故に遠目からでも分かる二人の姿に片手を上げて応える。


「やっほー、久しぶりー……って感じはあまりしないわねえ」

「夏休み以来だからな。半年以上は間が空いた前回に比べたら短くも感じるだろう。元気にしてたか、優人?」

「ああ。二人も元気そうだな」


 天見安奈あんな厳太郎げんたろう

 かねてからの予告通り文化祭に訪れた両親を目の前にし、優人は頬を緩める。


「……む、また少したくましくなったか」

「そうか?」


 優人の全身をざっと眺めてわずかに首を傾げる厳太郎に、優人もまた疑問符を浮かべる。

 毎日見てる自分の身体だから気付きにくい部分もあるかもしれないが、本人としてはそう変化があったとは思えない。それとも夏休みのプールで一騎から教えてもらい、習慣づけるようになった筋トレの成果が少しずつ実を結んできたのだろうか。


 試しに制服の袖を捲り、厳太郎と一緒に力こぶの盛り上がりなんかを確認していると、穏やかな眼差しで見つめていた安奈が柔和な笑みを浮かべた。


「どっちかと言えば、心境の変化によるものじゃないかしらね……」

「え?」

「気にしないで、ただのひとり言よ。それよりも雛ちゃんのクラスはどこなのかしら? シフトが最初からだっていうからこうして早めに来たのよ」


 ぱんと手を叩いた安奈は、早く見たくてたまらないといった風に目を輝かせている。


「二年の教室だから本校舎の三階だよ。こっから真っ直ぐのとこに見えるあの建物。少し並ぶことになるとは思うけど」

「そう。ならさっそく皆で行きましょうか」

「……え、俺も?」


 てっきり案内するだけで十分だと思っていただけに、当然のように頭数に入れられて優人は面を喰らう。


「あら、もしかしてもう行ってきたの?」

「いや、あとで行こうと思ってたからまだだけどさ……。けどわざわざ一緒に行かなくたって」

「別にいいじゃない。久しぶりの家族団欒ぐらい少しは付き合いなさいな」

「さっき久しぶりな感じはしないって言ってただろ」

「お黙り。一人で行くよりは三人の方が長居もできるでしょ」

「ぐっ……」


 言われてみれば一理あった。

 待ちの列が出来るほどの人気となっている以上、一人でテーブルを占有するには肩身の狭いものがある。その点、複数人での来店ならば、ある程度ゆっくりしてもそう目くじらを立てられはしないだろう。


 が、親同伴で文化祭どころか行き先はメイド喫茶。今にして思えば一人で行こうとしていたのも大概だが、これはこれで気恥ずかしさだけで言うとバツゲームレベルである。


(こんなことなら素直に一騎やエリスを誘えばよかったな……)


 あちらはあちらで恋人二人で回るだろうからと特に声をかけなかったのが裏目に出た。

 今となっては後の祭りだ。


「代わりに飲食代ぐらいは奢ってやる」という厳太郎からのささやかなフォローと大きな手に背中を押されながら、優人は先を行く安奈を追うのだった。

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