第189話『頑張り屋さんのお考え』
ほどなしくて雛の作業は終わった。
作業に取りかかる前の状態を見てないのでビフォーアフターのほどは分からないが、雛が手直しした部分はそこだけを切り取れば、ほぼ新品と遜色ない仕上がりになっているのではと思う。
聞けば手直しが必要だった都合上、エプロンや頭に付けるホワイトブリムなど全ての装飾品を含めた試着はまだクラスで行われていないらしく、つまり雛の完全なメイド服姿も未だ非公開ということだ。
ならば手直しが完了した今、一足先に自分にだけ見せてくれても……なんて欲が優人に芽生えたのは数瞬、これ以上手間をかけるのも悪いと思い直してかぶりを振った。
雛本人は『心配しないで』と言ったものの、やはり端々で疲れを滲ませたように小さく息を吐く様子を見受けられる。
何も根を詰め過ぎているほどではないと思うが、この時間からは雛にゆっくりと休んでもらいたい。好きなだけ甘えさせると約束したことだし。
後片付けを終えた雛と肩を並べて歯を磨き、まず先に就寝に向けての準備を整える。
そして雛の手を取って一緒にベッドに横たわると、雛はすぐにもぞもぞと優人の胸にすり寄り、そこが自分の定位置だと主張するように身体を落ち着かせた。
「ふふ、こうしてると本当に癒されます」
照明を落とし、常夜灯の薄いオレンジ色が満ちる室内。
その暗がりに目が慣れた頃、優人が差し出した腕枕に頭を乗せた雛はとろけた笑みを浮かべていた。
「お疲れさん、存分に癒されてくれ。何かリクエストがあるなら受け付けるぞ?」
「えー、どうしましょうか……。とりあえずぎゅっとしながら、頭撫でてください」
「了解」
それぐらいリクエストされなくてもとひっそり笑い、けれど頂いた以上は全力を以て当たらせてもらう。
毛布の中で雛の細い腰をそっと引き寄せ、密着度を高めると同時に頭にも手を置く。
ゆっくり、ゆっくりと群青色の髪を手櫛で整えながら、甘えモード全開の恋人のご要望に従って頭を優しく撫で始めると、優人の首筋を熱のこもった吐息がくすぐった。
「えへへ……なんだか今日は、優人さんの手が一段と優しい感じがします」
「かもしれないな。最近忙しめな雛のための特別モードだ」
「はふ……まさしく最高のご褒美です……」
満足そうに息を吐き、優人の腕に身を抱かれたまま雛が顔を持ち上げる。
薄闇の中でも分かるほど白い頬は淡く色付き、優人をじっと見つめる金糸雀色の瞳が何を求めているかに容易く気付くことができたのは、優人もまた同じ気持ちを抱いているからだ。
控えめに突き出された唇を奪うと、甘さと瑞々しさに溢れた感触をじっくりと
そして重ねるだけだったのは束の間、相手の内側へと入り込んだのは雛の方だった。
珍しく積極的でありながらも、恥じらいが抜け切れないようなたどたどしい前進。
そんな雛からのアプローチを優人は受け入れると、主導権は彼女に与えつつも自分のそれを絡ませていく。
互いの内側の熱を共有し、一つに溶け合わせるように、深いところでの触れ合いを続けた。
ただのキスでは聞こえない水音と合間に漏れる艶めいた雛の吐息が優人の頭を麻痺させて、雛の腰を抱き寄せていた手がついその下の柔らかさに向かいそうになる。けれど寸前に理性の鎖で縛り、どうにかくびれた腰のラインを撫でるだけに留めた。
今夜は、本当に雛を甘やかすだけのつもりだ。
もちろん彼女を求める劣情は
今夜はただ、幸せに浸るような落ち着いた時間を与えてあげたい。
湿った音を残し、雛の唇は優人から離れる。唇についた生クリームでも舐め取るように可愛い舌先が一瞬だけ顔を出した。
「優人さんの愛情っていう元気の源、たっぷり補給させてもらいました」
「どういたしまして。いい夢は見れそうか?」
「見れそうではありますけど必要ないですね。現実がこれ以上はないほどに幸せですから」
「……そうかい」
嬉しいことを言ってくれる。
それからさらに二回、雛と甘いキスを交わした頃、彼女が「ところで」と呟いた。
「明後日は優人さんの誕生日ですね」
「ああ。教えたのは結構前だったのに、覚えててくれて嬉しいよ」
「一日たりとも忘れたことはありませんよ? やっと祝える日が来たわけですので、頑張ってお祝いさせてもらいます。当日は腕によりをかけてご馳走を作りますから期待してくださいね?」
「雛の手料理はいつだって期待してるけどなあ」
「では当社比でその三割――いえ、四割増しで期待してください」
「はは、そりゃ確かにご馳走だ」
想像しただけでお腹が鳴りそうだ。
そのことを優人の表情から読み取ったらしい雛は「はい」と微笑むと、不意に少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「時に優人さん、お祝いにあたって一つお願いがあるんですけど……」
「ん?」
「お祝いは優人さんの部屋でしようと思うんですけど……その、少し帰るのを遅くしてもらっても構いませんか? 色々と準備に時間がかかりそうなので」
「あー……まあ普通に学校ある日だしな」
雛の誕生日の時は休日で、おかげで優人は朝からおもてなしの準備に専念することができた。しかし、優人の誕生日は普通に登校日であり、雛が本格的な準備に取りかかるとしたら放課後帰宅してからになってしまう。
ご馳走然り、ある程度時間が必要になるのは仕方ないだろう。
「分かった、適当にぶらついてから帰ることにするよ」
「すいません、お手間を取らせてしまって」
「手間なんてほどじゃないさ。それにしてもやる気十分だな、何か飾り付けでもしてくれるのか?」
「…………」
「雛?」
「そうですね、特製の飾り付けをする予定です」
「お、おお」
まさか肯定されるとは思わず、優人は若干面を喰らいながらも雛の返事に頷きを返した。
雛の表情は実に笑顔であり、いったい何を企んでいるのやら。
「ふふ、楽しみにしてくださいね?」
雛の人差し指が、優人の頬を弄ぶようにくすぐった。
二日後、優人の誕生日当日。
念のため確認のメッセージを送り、『もう大丈夫です』と許可をもらったところで帰宅すると、優人を出迎えたのは、
「お帰りなさいませ、ご主人様」
自らを
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