第185話『メニュー会議』

 文化祭の出し物の決定から一週間も経てば、学内ではちらほらとそれについての内容をより詳細に固めていく光景が見受けられる。休み時間の自販機コーナー前や昼の学食、そして放課後の図書室などなど。


 一年生にとっては高校生活初めての文化祭であり、二年生にとっては二回目にしてクラス単位での出し物は最後の文化祭だ。受験などで忙しくなりつつある三年生に比べ、時間に余裕がある後輩たちはその余裕を注ぎ込めるだけ注いでいるのだろう。

 また、優人たちの高校の文化祭は一般客の来場も可となっているので、そういう意味でも活気あふれる行事となっている。


 というわけで一、二年生を中心に学校全体が文化祭に向けて盛り上がっていく中、その一部は現在進行形で優人のすぐ近くでも展開されていた。


「うーん……なかなかいい感じにまとまんないねえ……」


 放課後、料理同好会の活動場所である家庭科室。耳に届いたため息混じりの呟きに優人は顔を上げた。持ち上げた視線の先には顔を付き合わせる四人の後輩たちがいる。


 雛に麗奈、そしてたった今声を上げた小唄に、彼女たちと仲の良い西村にしむら双葉ふたば

 同じクラスで今回メイド喫茶をやることになった四人は家庭科室のテーブルを取り囲み、それぞれ難しそうに頬杖を突いたり、腕を組んで天井を見上げたりとしている。外野から見ても話し合いが難航していることは明白だった。


 その様子を再確認したところで優人は手元に視線を戻すと、弱火にかけた鍋の中身の具合が頃合いなのを見て取り、火を止めて適当に見繕った四つのマグカップに中身を等分していく。


「お疲れさん。ちょっと休憩したらどうだ?」


 出来上がったいつものホットミルク入りのマグカップを雛たちのテーブルに運ぶ。


「ありがとうございます、優人さん」

「どもっす先輩。ほほう、これが雛ちゃんをメロメロにさせたっていう一杯っすか」

「……雛?」

「い、いい言ってませんよそんなこと!? 好きとか思い出深いとかは言いましたけど!」


 小唄の軽口に顔を真っ赤にした雛が手と首をぶんぶんと横に振る。

 それはそれで自爆めいたことを口走っている気もするが、追求したら優人の方まで気恥ずかしさが飛び火しそうなので触れないでおこう。


「へー、これがひなりんが言ってた例の。――あ、ほんとだおいしい! 天見先輩、例えばこれを私たちのお店のメニューに加えたいって言ったら――」

「ちょっと双葉、まさに今メニューが多すぎるって話をしてたところでしょうが。これ以上増やそうとしてどうするの」

「そ、そうでしたれーちゃん……」


 麗奈の鋭い一刺しに双葉がしゅんと肩を落とした。どうやら話し合いが行き詰まっている原因はそういうことらしく、テーブルに広げられた数枚のルーズリーフにはメイド喫茶で提供する飲食物の候補が書き記されている。


「そうだ、せっかくだし先輩からも意見をもらってもいいっすか?」

「俺?」

「はいっす。プロの目から見てのアドバイスを」

「プロなのは俺じゃなくて母さんだけどな。どれどれ……」


 訂正する部分はきちんと訂正させてもらいつつも、こうして頼ってもらえるのはどこか誇らしい。

 小唄が優人の手元へと滑らせたルーズリーフの内容に目を通しつつ、実際にそれを提供するとなったらどうなるかを頭の中でイメージしてみてから意見を述べる。


「まあ、さっき一ノ瀬が言ってた通りこれじゃメニューが多すぎるな。あくまで出し物のメインは接客の方なんだから、食べ物に関してはもうちょい楽した方がいいと思うぞ」

「そうっすよねー……。けど、せっかくなら食べ物にも力を入れたいって意見がまあまあ多くて、いい感じの落とし所を見つけるのが悩むとこなんすよ」


 何でも今回クラスの責任者リーダーに抜擢されたらしい小唄が首を捻ると、彼女のチャームポイントであるサイドテールが悩ましげに揺れた。


 クラス全体でやる気があるのはいいことだと思うが、かと言って空回りはよくない。ただでさえ接客に比重を置く出し物になるのだから、悪い意味でなく手を抜けるところは抜いておかないと、当日に泣きを見るのは彼女ら自身だ。


 それに飲食物に凝るとなると、当然それを作る手間や設備も必要になる。

 文化祭時は現在いる家庭科室、並びに同じくガスコンロや水回りが用意されたもう一つの調理室がそのための場所に割り当てられ、他クラスとの兼ね合いもあるので一概には言えないが、そうそう広々とスペースを占有することもできないだろう。


「だったら……売りになる商品を作って、それ中心に力を入れるってのはどうだ?」

「売りっすか?」

「要は看板メニューだな。一つくらいなら手間がかかっても大丈夫だろ」

「ふむふむ、なるほど」

「優人さん的にはどういったものがいいと思いますか?」

「んー……とりあえず候補にあったパフェは無しな。見た目はいいけど、生クリームとか足の早い冷蔵品は管理が面倒すぎる。というか学校側としても、衛生的に火が通ったものじゃないと厳しいんじゃないか?」

「ですね。生徒会的にも同じ意見ですし」


 優人に話を振られた麗奈が頷く。話し合いの場に生徒会長がいるとこういった確認が早くて楽だ。


「だからそうだな……パンケーキなんかはどうだ? 材料は少なくて済むし、ある程度は作り置きしとていても当日なら十分持つ」

「あ、それいいっすね! とりあえずプレーンのさえ作っておけば、ソースとかハチミツとかでいくらでもデコれますもん」


 小唄がぽん、と手を叩くと、それに続くように雛も「そうですね」と同意を示す。


「最終的な盛り付けぐらいなら教室でもできそうですよね」

「出す直前に軽く温めた方がいいかな? れーちゃん、教室でも電子レンジぐらいは使るよね?」

「申請さえ出しておけば大丈夫なはずよ。あとは飲み物が――」


 どうやら光明が見えたらしく、後輩たちの話し合いは進んでいく。この分なら今日にでもメニューの決定版はできるだろう。

 軌道に乗ったことを見届けた優人はその場から離れると、ホットミルクを作るのに使った調理器具を洗い始める。


「それじゃあ、あとは売りにするパンケーキのクオリティをどこまで上げられるかかな。なんかよさげなレシピ知ってる人いる? 見本になりそうなものとか……――」

「……ん?」


 小唄の言葉が急に尻すぼんだかと思えば、室内に訪れるのは謎の静寂。

 不思議に思って片付けの手を止めた矢先――優人は気付いた。


 後輩たち全員の目が、自分を見ていることに。








 数日後の放課後、同じく家庭科室。

 この前よりさらに増えた人数を前に、小唄が声を張り上げる。


「はい、というわけでこの人がパンケーキ作りの臨時講師、天見優人先輩になりまーす。みんな拍手ー!」


 なんか、そういうことになった。

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