第184話『頑張り屋さん七変化?』
「出し物の話の続きですけど、正確にはコンセプトメイド喫茶なるものをやる予定なんですよ」
食後、洗い物を片付けた優人が雛の隣でクッションに座ると、彼女からそんな捕捉が付け加えられた。
「コンセプトメイド喫茶?」
「ええ。ただやるだけではつまらないから、メイド一人一人に何かしらの付加価値――キャラ付けをしてみようという話が上がりまして」
「キャラ付けって……ツンデレとかそういうのか?」
「そんな感じですね」
「なるほどな」
何かしらの要素を付け足して他との差別化を図る。確かにそのための手段の一つとしては悪くない手だ。
実際にそれを行う雛たちメイド側が恥ずかしがらずにやれるのかという問題はあるが、メイド服なんてものを着て人前に立つ時点で何を今さら、むしろキャラ付けまでした方が割り切れるかもしれない。
何より新たに何かを買い足す必要もないのだから、文化祭の限られたクラス予算を削らないという点では一番ありがたいだろう。客目線で見てもただのメイド喫茶よりは面白そうだ。
ところで、そうなると気になってくるのは、目の前の自分の恋人がどんな変化を遂げるのかである。
「雛はどんな感じのメイドをやるんだ?」
「素です」
「……ん? す?」
「素のまま、ありのままということです。いつも通りの私でやるのが一番いいと言われました。クラス満場一致で」
「あぁ~……」
「その反応だと優人さんも同意見みたいですね……」
「まあ」
それはだって、正直その通りだと思ってしまったから。
才色兼備、品行方正、誰もが認めるであろう優等生の雛。物腰や言葉遣いは同年代と比較しても丁寧であり、普段の彼女にそのままメイド服を当てはめてもしっくりくることは想像に難くない。
ついでに言えば家事スキルについても万能の域なのだから、ますますメイドの姿が板に付くというものだ。
雛のクラスメイトの判断は間違いない、一番身近な自分が言うのだから間違いない、とちょっと訳知り顔でうんうんと優人が頷く中、なにやら雛は微妙に形の良い眉を寄せていた。
「……ひょっとしてやってみたいとか?」
図星だったらしい。体育座りの膝頭に両手と顎を乗せた雛は、ほんのりと拗ねた子供のように唇をすぼめる。
「や、やりたいというほどではないんですよ。変にキャラ付けする必要がないのなら、それが一番楽だと思いますし。でも、ちょっと面白そうだなとは思ったり、思わなかったり……」
「雛の場合は向上心がたくましいってのもあるからなあ。そういう意味じゃ試してみたいって気持ちもあるんだろ」
ぽんぽんと雛の頭を叩きながら何となく感じたことを付け足すと、雛はくすぐったそうに、恥ずかしそうに頬を淡く染めた。
「ならいっそ試してみるか?」
「今ですか?」
「そうそう、俺でよければ付き合うぞ。って言っても、具体的にどんなキャラがあるのかは分かんないけど」
「あ、それならクラスの話し合いの時に私が書記をやってたので、鞄の中にメモが――」
部屋の隅の勉強机に置かれた学生鞄に近付き、雛は何枚かのルーズリーフを取り出す。
書記を任されるだけあって几帳面でありながら、どこか女の子らしい丸みを残した雛の文字。話し合いで挙がったらしいメイドのキャラ付けパターンが何種類か書き記されてあり、ご丁寧にそれぞれのサンプル台詞まで添えられている徹底ぶりだ。なんかこう、その辺りの
――ということで。
エントリーNo.1『ツンデレ』
「お帰りなさいませ、ご主人様。こちらにお茶の用意ができております。――はい? 別に、たまたま良い茶葉が手に入ったから使ったまでのことです。今日はご主人様がお疲れだろうからとか、そんなことは一切関係ありません。――お、お礼などいいですから早く飲んでください! 私はメイドとして当然の行いをしてるだけです……!」
「まあ、悪くないな」
「ちなみに麗奈さんの担当ですね。これもクラス満場一致でした、本人を除いて」
「あぁ……」
エントリーNo.2『無表情クール』
「お帰りなさいませ、ご主人様。お茶はこちらにご用意が。――は? いえ、美味しいのはいいことですが、別にこれぐらい、
「これも悪くないな。雛の場合は物静かなタイプはだいたい似合いそうだ」
「そうですね。やってる側としても割とやりやすいです」
エントリーNo.3『年上のおしとやかなお姉さん』
「お帰りなさいご主人様、お茶の用意はできてますよ。――ふふ、焦らなくても大丈夫、お代わりならたーくさん淹れてあげますからね。あ、よかったら私が飲ませてあげましょうか? ――ふふ、照れちゃって可愛い。遠慮なんてしなくていいんですよ、私がぜんぶ、お世話してあげますから」
「おぉ……なんか年上の雛って、すごい新鮮だ……」
「あはは……。でも。これはちょっと恥ずかしいかもです」
エントリーNo.4『元気いっぱいなぶりっ娘』
「お帰りなさいごしゅじんさまっ! あのねあのね、わたし、ごしゅじんさまのためにおいしーお茶を用意したのっ! 飲んで飲んで! ――どう、おいしい? えへへ、よかったー! ごしゅじんさまが嬉しいとわたしも嬉し――……優人さん、笑ってません?」
「い、いや……別に……っ。ほら、ふふ、続き……」
「どう見ても笑ってますよね!?」
エントリーNo.5『愛が行き過ぎなヤンデレ』
「お帰りなさいませご主人様、お茶のご用意ができてますので、是非どうぞ。本日のお茶は隠し味も加えた最高の一杯です。――隠し味は何か、ですか? 教えてしまっては隠し味ではありませんが……ご主人様のご命令とあればお教えします。――私の血ですよ。ふふふふふふ……私の一部がご主人様の隅々にまで行き渡るのだと思うと、とても、とても――!」
「いや衛生観念的にアウトだろそれ」
「それはそうですけども」
プロの料理人の子である優人としては見過ごせなかった。
エントリーNo.6『ちょっとエッチな小悪魔系』
「却下」
「やる前から!?」
「そんな雛なんて、それこそ他の奴に見せるわけにいくか」
「……優人さんは見たくないんですか?」
「…………次」
エントリーNo.7『絶対零度のドS』
「――ああ、お帰りでしたか。――は、お茶? 小さな子供でもあるまいに、まさかお茶の一つもご自身で満足に淹れることができないのですか? ……はあ、こんな体たらくの、餌を与えてもらうだけしか能のない家畜風情が主人とは……最悪ですね。心底軽蔑します。……失礼しました、家畜風情という言い方は家畜に失礼ですね。最終的には人の栄養になるだけ家畜の方がまだ上等――って優人さん!? あれ、泣いてます!?」
「嫌だ……雛にこんなこと言われるとか、絶対に耐えられない……っ!」
「演技ですから、これただの演技ですからね!? 本当の私は優人さんのこと大好きですから!」
ついでに、雛は意外と演技方面の才能もあるのではという新事実も発見された。
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