第116話『友人からの祝福』
「ようやく、付き合うことになったわけか」
「まあな」
昼休みの教室。
友人の
若干素っ気ない返事になったのは一騎が「ようやく」の部分を強調した上に、呆れたような笑いを織り交ぜてきたからだ。
雛との交際になかなか踏み切れなかったこと自体は認めざるをえないが、改めてその事実を突きつけられると微妙に癪に障る。
「今だから聞くけどよ、クリスマスの日にデートした相手もどうせ彼女なんだろ? それから約半年か……いやあ、よくも今まで付き合わなかったもんだ」
「自覚はしてるっつの。だから昨日のデートは俺から誘ったし、告白だって一応俺から切り出した」
「へえ、やるじゃねえか。それならそうと相談の一つでもしてくれたら、オススメのデートスポットぐらい紹介してやったのに」
「……それについてはまあ、他人の力を借りたくなかったというか……自分一人で成功させたかったというか……」
ただの意固地と言われたらそれまでだと思うが、雛との関係をもっと先へ進めたいと優人自身が思ったからこそデートに誘ったのだ。何が正解かどうかと言うよりは、優人のプライドの問題だ。
もっとも雛に色々とフォローされてしまったところもあるのだけれど。
感心感心、と彼氏歴先輩の一騎からも好評を頂いたところで、優人は教室の出入り口を見やる。
……さすがに落ち着いた、か。
優人の動きに釣られた一騎も同じ方を見ると、視線の意味を察したらしく苦笑をこぼす。
「優人もちょっとした時の人だな」
「雛の人気を改めて思い知った」
結論から言うと、朝に校門の辺りで行った宣言は瞬く間に波及した。
登校の時間帯だけに周囲に人が多かったのも原因の一端だとは思うけれど、それ以上に空森雛という少女がそれだけ話題性を集める存在だったというのが大きかったのだろう。
おかげで朝からクラスメイトには真偽の再確認を含めた質問責めに遭うし、その中には他クラスの男子も見かけた。ひいては移動教室にでもかこつけて訪れた下級生も覗きに来たのだから、覚悟していたとはいえ正直辟易としてしまった。
昼休みを迎えた今ではそれなりに沈静化したように思えるが、優人でこれなのだから雛はもっと大変なはず。
そう思って少し前の休み時間中にメッセージを送ってみれば、予想は的中したものの、小唄を始めとするいつもの仲良し組がフォローに入ってくれたおかげで大丈夫とのことだった。
そのぶん昼休みは小唄たちからの
ついでに言うと、一騎とよく昼食を共にする恋人の
「それにしても意外と反発というか、反対意見はほとんど無かったな」
「反対意見?」
「ほら、雛に俺は相応しくない、みたいな」
雛の男子人気を考えればそういった意見、というか嫉妬を向けられることも覚悟していたのだが今のところは無い。
もちろん表に出ない水面下では渦巻いているとも思うけど、少なくとも面と向かってはだ。
「それに関しちゃ今さらなんじゃねーの?」
優人の呟きにそう言葉を返したのは、一騎ではなく近くの席に座っていた男子生徒だ。
去年から継続して同じクラスであり、その頃から割と仲の良かった彼――
「天見と空森ちゃんの仲を匂わせることはこれまでにも何度かあったからな。決定的なヤツだと、ほらあれ、空森ちゃん学年末テストぶち切れ事件」
「何の捻りもないそのまんまな事件名だな……」
おかげで分かりやすい。
まだ優人が二年だった頃の学年末テスト。雛が大幅に学年順位を落としたそのテストで、優人が雛に悪影響を及ぼしているのではないかという心ない噂が流れた。
だがその噂は、たった今桜井が口にしたようにぶち切れた雛が真っ向から否定したらしく、今年度最初の一学期中間テストでは実力を持ってして残っていた疑惑も消し飛ばした。
雛が優人のために怒ってくれた。そのありがたみと嬉しさを感じた出来事として、優人にとっては昨日のことのように思い出せるほど、記憶に色濃く残っている。
「その頃から怪しかったからなあ。それでも空森ちゃんは人気だから、狙ってる男は多かったけど。――俺含めてな!」
羨ましいぜこんちくしょう! と桜井から肩をばしばしと叩かれる。
本気で雛を狙っていたかはさておき、肩を叩く力はじゃれつく程度で表情も清々しいので、桜井もまた祝福してくれているのだろう。
気のいい奴というのが優人の彼に対する評価だが、やはりそれは間違ってない。
「あとあれだ、天見に面と向かって文句言うってのは割とハードル高えと思うぞ?」
「なるほど」
父親譲りの鋭い目つきが思わぬ形で役に立ってくれているらしい。
実際のところ、雛との恋仲に文句を言ってくる奴がいたら鋭さ三割増しぐらいで迎え撃ってやるつもりだが、何事もないならその方が楽だ。
「ま、誰が来たって雛を渡すつもりはないけどな」
「お、言い切りやがった」
「うーわ早速のろけてんなあ。爆発しろ天見!」
一騎と桜井、それぞれ感心と呆れを込めた二人の視線を優人は胸を張って受け止めるのだった。
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