第115話『通学路での宣言』
雛と歩く通学路はいつもより新鮮だ。道そのものに何かしらの変化があったわけではなく、変わったのは自分たちの方。
それを分かりやすく証明する雛と繋がれた片手を一瞥すると、顔を上げたタイミングで金糸雀色の瞳と視線が交わる。
こんな風にちょっとしたタイミングで行動が重なると、お互いの気持ちが通じ合っているみたいで嬉しい。
雛もまた同じ気持ちを抱いてくれるのか白い頬がじんわりと赤みを帯びる。すぐに照れた様子で前を向いてしまったけれど、雛の表情は柔らかく緩みっぱなしだ。
「機嫌良さそうだな」
「それはもう。好きな人とこうして手を繋いで登校というのは女の子的には憧れなんです」
「なるほど。雛の憧れを叶えられて良かった」
「はい。優人さんも何かして欲しいことが言ってくださいね?」
「して欲しいことか……」
好きな相手と恋人になれたのだ。して欲しいこと、したいことなんて沢山あるし、あまり大っぴらには言えないことも含めれば数え切れないぐらいある。
いきなりあれもこれもというのは雛だって戸惑うだろうし、優人の理性的にも限界はあるけれど、とりあえずは。
「雛、手を広げてくれ」
「はい?」
繋いだ手が離れてしまうことにしゅんと眉尻を下げつつも、優人の要望には素直に従う雛。しょんぼりとした分かりやすい態度に軽く笑いかけ、優人は広げられた雛の指と指の隙間に自分のそれを絡めた。
いわゆる恋人繋ぎ。先ほどよりも密着感の増したその繋ぎ方に、雛は「ふあっ」と小さく声をもらすと白磁の肌を朱色で染める。
「こういうのもどうかなって思うけど……どうだ?」
「……すごくいいと思います。優人さんと手を繋げるだけでも嬉しかったので、こういう繋ぎ方があるのを失念してました。……何だかとても恋人って感じがします、これ」
「まあ、恋人繋ぎって名前だしな」
「そ、そうですよね」
何を言ってるんでしょう、と恥じらうように笑った雛は新しい感触を確かめるように力を込める。それに応えて優人も握る力を強めれば、二人の手はもう二度と離れないと言わんばかりに固く結ばれた気がした。
もちろんそんなことはあり得ないが、初めての恋人繋ぎはそう錯覚してしまうほどの密着感に溢れている。
手の平や五指の間、少しでも触れ合う面積を増やした結果、柔らかな雛の手の感触が今までで一番まざまざと感じられた。
優人のより小さくて、なめらかで、力強く握れば折れてしまいそうなほど繊細で、なのにこの手の中にあるという確かな存在感。二人分の体温が混ざって熱くなるようで、自分からやっておいて少々落ち着かないものがあった。
「……人、増えてきましたね」
落ち着かない理由は別にもある。
そろそろ学校に着くかという頃合い、雛が呟いた通り同じく登校中の生徒を見かけるようになり、ちらほらと向けられる視線が増えてきてるようにも感じる。
一人で歩いていてもその整った外見から注目を集めやすい雛のことだ。そんな彼女が男連れでしかも手を繋いでいるとくれば、状況的には致し方ないだろう。
「大丈夫ですか?」
「心配すんな。どんとこいだ」
顔色を窺うような雛の問いにしっかり前を向いて答える。
雛ほど他人の視線を集めることに慣れてない優人を気遣っての言葉だろうけど、何も心配することなどない。
似たような場面はこれまでにも何度かあったし、、雛と付き合う上での越えなければならない壁だと覚悟している。
第一、優人は正々堂々と雛に告白して、受け入れてもらえたからこそ彼女の隣にいるのだ。
「どうしてあんな目つきの悪そうな奴が……」といった文句を抱かれるのはまだしも、後ろ指を指されるようなことをしてない以上、わざわざ卑屈になってやる方がバカバカしい。気にせず胸を張ればいいだけの話だ。
無論、雛に相応しい男であるようにという意識が前提にはあるが。
雛に気付かれないように深呼吸をして、校門を通り過ぎた直後だった。
「おはよっすご両人!」
「いっで!?」
威勢のいい声と同時、背中にバシンと強い衝撃が走る。痛みに渋面を浮かべながら振り返れば、チャームポイントであるシュシュでまとめたサイドテールを揺らす少女――
「おはようございます、小唄さん」
「おっはよー雛ちゃん。今日はいい天気だねー」
両手を前に突き出したままの小唄の体勢的に、優人だけでなく雛も背中を叩かれていると思われる。なのにダメージのある素振りが雛に無いのは、小唄がちゃっかり勢いを調節したからだろう。
その優しさを優人にもくれればよかったのに。
「お前なあ……叩くのはまだしも不意打ちはやめろ不意打ちは」
「いやあ、二人を見かけた直後は普通に声をかけようと思ったんすけどー……それを見たら、なんかこう」
小唄が目で訴える先にあるのは、未だ恋人繋ぎのままの二人の手。
「それってつまり、そういうことなんすよね?」
明るさの中に微かな真剣さを混ぜた声音。
そういうこと、と少しぼかした言い方をしたのは周囲が聞き耳を立てている気配を察したからだろう。
その気遣いに反する形になるかもしれないが、小唄には相談に乗ってもらったこともある。ならばありのままを伝えるが誠実な行いだろう。
「お陰様でな。昨日から付き合うことになった」
周囲から盗み聞きされようとも、むしろ聞かせるぐらいのつもりで優人ははっきりと言葉にした。
小唄はきょとんとしたようにぱちりと目を瞬かせたと思えば、すぐににやりと白い歯を覗かせる。
「へえ、一皮剥けたって感じっすね」
「まあな。付き合う以上は雛と比べて見劣りしないようにって思うし」
「そんな気負わないでくださいよ? 私は、ありのままの優人さんが好きなんですから」
「おおう、さっそく見せつけてくれますなー」
「……うるさい」
横合いからは身悶えるような言葉を頂戴し、前からはニヤニヤとからかいの視線を浴びせられる。
恋人になって二日目。好きと言われて平静でいられるには、まだまだ経験が足りない優人であった。
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