第113話『これから先も、少しずつ』
≪前書き≫
実は予約投稿の設定をミスって昨日の夜にも更新してます。まだの方は一話前からお読みくださいm(_ _)m
「幸せ過ぎて怖いって、きっとこういう気分なんでしょうね」
想いが通じ合ったデートの帰り道、隣を歩く雛と共に緩やかなペースで歩を進めていれば、そんな呟きが優人の耳を撫でた。
すでに電車での移動は終わり、あとは最寄り駅から二人の自宅であるアパートまでの道のりを残すだけ。綺麗な月明かりと街灯が照らす歩道を歩きながら、優人は雛の言葉に耳を傾ける。
「どうしたんだ、唐突に」
「だって本当にそう思えるんですもの。私の人生史上、最高の一日と言っても過言ではありません」
「それなら良かった」
実に満面といった笑顔を向けてくる雛に、優人もまた笑みを覗かせながら答える。
雛ほど分かりやすく表には出していないだけで、内心については似たり寄ったりだ。
気を抜けば顔はだらしなく緩みそうだし、足取りは雲の上でも歩いてるみたいにどこかふわふわと落ち着かない。気分が高揚、というよりは浮ついている自覚はあるけれど、自覚したところでどうにかなるものでもなかった。
好きな相手と両想いで、めでたく結ばれて恋人になれた。
言葉にすればそれだけの事実なのに途方もなく嬉しい。
ともすればそれは、実は夢でしたと言われても納得してしまいそうな幸福。けれど紛れもない現実であることは、繋がった手から伝わる温もりと柔らかさが証明してくれる。
観覧車から降りてからずっと、雛とは手を繋いだままだ。もちろんやむを得ず離れる瞬間もあるにはあったが、そういう時以外は本当にずっと。
時折感触を確かめるようにぎゅっ、ぎゅっと雛から握られるのがまたこそばゆく、お返しに力加減を変えると雛はふにゃりと楽しそうに笑う。
そんなコミュニケーションを一体何度繰り返しただろうかと思い始めた頃、雛が「それにしても」と話題を切り替える。
「観覧車で告白なんて、優人さんは結構ロマンチストですよねえ」
くすりとからかいの色を帯びた微笑みに耐えきれず、優人は頬を熱くしながら前を向く。
「別にいいだろ。俺的には一世一代の告白のつもりだったんだから、ロマンを求めて何が悪い」
「そうですね。だからとっても素敵な告白でしたよ? 人に自慢したいぐらいです」
「……それは勘弁してくれ」
「ふふ、どうしましょうか。自慢したい気もあれば、一人占めしたくもありますね」
告白された時の情景を思い返しているのか、そう言った雛は上機嫌そうに目を細める。
晴れて雛と付き合い始めたことについては、雛に言い寄る男を減らす意味でも広まって構わないけれど、告白の場面まで赤裸々にバレるのはさすがに恥ずかしい。
とはいえ自慢したいぐらいと評されるのも嬉しくあるので、どうにも悩ましいところである。
贅沢な悩みだとひっそり苦笑をこぼしていると、いつしかアパートが目と鼻の先というところまで来ていた。
体感時間よりもずいぶん早く到着したように思えるのは、楽しい時間こそ早く過ぎるように感じてしまうからだろう。
雛と共にアパートの門をくぐり、階段で二階へ。お互いの部屋の前に辿り着く。
これにて今日のデートはお開き。「今夜は泊まっていかないか?」なんて誘いが口を突いて出そうになるが、明日は普通に学校がある。どこかで区切りを付けないと重たい睡魔を抱えながら登校する羽目になりそうだ。
その辺りは雛も同様に弁えていたらしく、名残惜しそうにしながらも繋ぎ合った手はゆっくりと解かれていった。途端に失われる温かな感触が寂しく思えてもここは我慢だ。
「……それじゃ、今日はこれで」
「はい」
それこそロマンチックな別れの言葉でも言えればよかったが、結局出てきたのは平々凡々な締めくくり。それでも雛は笑顔を絶やさずに優人を見上げると、その端整な顔立ちに淡いはにかみを浮かべる。
「改めて今日はありがとうございました。デートのエスコートはもちろん、告白してくれたこともすごく嬉しくて……安心もしました」
「安心?」
いまいち意図が掴めない言葉を聞き返せば、雛は「はい」と呟いて胸に手を当てる。
「何を今さらと思われるかもしれませんが、私も何度か優人さんに告白しようと考えたことがあるんです。でも、なかなか踏み出せなくて……正直言って、今までの関係を崩してしまうことが怖かったんだと思います」
臆病ですよね、と付け足して恥じるように眉尻を下げる雛。
けど、それは決して臆病などではないだろう。きっと恋をする人間なら誰しもが抱える感情だと思うし、優人もまたその一人だ。
そんな優人が一歩を踏み出すことができたのも、雛の義父である明との話し合いがあったからこそ。優人と雛の差はきっかけに恵まれたかどうかだけでしかない。
「だから優人さん、勇気を出して告白してくれて本当にありがとうございました」
「どういたしまして。告白してお礼を言われるってのも変な気分だけどな」
「かもしれませんね。……次は、私が勇気を出しますから」
「え? 次って?」
「――今は内緒です」
細い人差し指を唇に当てた雛がウインクを見せる。
可愛らしい仕草に心を奪われている間に、雛はまるで一本締めのようにぱんと景気よく両手を叩いた。
「さ、明日は学校なんですから夜更かしもいけません。優人さんは家に入った入った」
「な、何だよ急に。そんな急かして」
「いいですから。ほらはーやく」
さあさあと手の平を向けて促す雛。その態度の変化に首を傾げるものの、言ってることは真っ当なので、優人は戸惑いつつも自分の荷物から玄関の鍵を取り出す。
本当なら雛が家に入るまで見送りたい気分だったが、先に言われてしまっては仕方がなかった。
玄関を解錠し、ドアノブに手をかける。
その、瞬間――
「優人さん」
「――んっ」
視界の端で群青色の糸が揺れたかと思えば、少しくぐもった声と、ちゅっと聞き慣れない微かな水音。優人の頬に何か柔らかいものが与えられたのは一瞬のことで、すぐに感触は離れていく。
けれどその残滓は色濃く、何より熱い。
もしかしなくても、今のは――。
「雛、いま……っ」
「勇気の一歩目、ですよ」
艶めいた唇を人差し指でなぞり、妖艶さすら感じさせる笑みを浮かべる少女がそこにいる。その笑みを鮮やかな薔薇色で彩る彼女は素早く身を翻すと、「おやすみなさいっ」と早口で言い残して自分の家に入った。
鍵を開けるのに若干手間取っていたので見れるチャンスがあったが、雛の耳はこれでもかというぐらいに真っ赤に染まっていた。
かくいう優人も人のことは言えない。
「……まいった」
少しでも感触を留めようと頬に手を当てながら、優人は玄関に背を預けて頭を垂れる。
早く家に入れと言われたけど、身体中の血液が沸騰したようなこの熱が抜け切るまでは、今しばらく夜風に当たりたかった。
≪後書き≫
読者の皆様方、いつもご愛読頂いて誠にありがとうございます!
これにて今作は第二章終了、次話より第三章として晴れて恋人になった二人を描いていきます。
一つの区切りを迎えましたが、『結ばれてからがまたええんやろ派』なわたくしめなので物語はまだまだ続きます。今後ともお楽しみくださいm(_ _)m
よろしければ励みになりますので、☆☆☆評価やレビュー、応援コメント等、どうぞよろしくお願いします。
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