第108話『頑張り屋さんとゲームセンター』

 臨時休業になってしまったテーマパークの代わりは何がいいか。

 昼食を食べながらスマホとにらめっこし続けた結果、最終的に白羽の矢を立てたのはビル内にあるゲームセンターとなった。

 途中、「そこまで真剣に考え込まなくても……」という気遣いの言葉を雛からもらったが、今日のエスコートに男の意地がある優人としてはそうもいかない。


 ゲームセンターという選択自体はまあ安直な気もするけれど、テーマパークと同じアミューズメント系と考えれば悪くないチョイスのはずだ。


 そういうわけで訪れたゲームセンター。ビル内でありながらもスペースを大きく確保されたその店頭で、雛は物珍しそうな表情を隠そうともせず店の外観を眺めていた。


「これがゲームセンター、ですか……」

「その様子だと初めてみたいだな」

「ええ。優人さんと一緒だと、初めてのことばかりで楽しいです」


 嬉しいことを言ってくれるものだ。

 何の気負いもなさそうに呟かれた言葉だからこそ本心だと分かり、優人は自然と緩む頬を手で抑えながら、雛を連れて入口の自動ドアをくぐる。

 途端に流れてきた雑多なゲーム音声に圧倒された様子で目を丸くする雛を促し、とりあえず店内を軽く見て回っていく。


 クレーンゲームや音ゲーを始め、格ゲー、レーシング、シューティング等々、一通りのジャンルが揃っているせいか店内にいる客の数も相応に多かった。


「本当に色々とあるんですねえ。何から遊べばいいか迷っちゃいます」

「だったらまずは――」


 雛がゲーセン初心者であることも考慮すると、まずはとっつきやすく特別な操作を必要としないジャンルから始めるのがいいだろう。

 手頃なところで近くにあったクイズゲームの筐体きょうたいが空いており、それを提案すると雛は喜んで賛同してくれる。


 二人用と言い張るには微妙に長さの足りない椅子に腰掛け、ゲームスタート。全国対戦モードをプレイ中も時折触れ合う肩に優人は気もそぞろだが、さすがの集中力を発揮した雛のおかげで順調に勝ち進んでいく。

 最終的には途中敗退となったものの、終える頃には雛もゲーセンの雰囲気に慣れたのか屈託のない笑顔を見せていた。


「次は何がやりたい?」

「そうですね……。なら私、次は優人さんと戦いたいです」


 何やら少年漫画のライバルめいた台詞を呟いた雛が指すのは電飾きらめくエアホッケーの筐体だ。ちょうど別の客がプレイを終えたところで台が空き、新たなチャレンジャーを待つそこへと二人で近付く。


「ルールは分かるか?」

「これで丸い板を打ち合って、相手のゴールに入れればいいんですよね?」

「そうそう、十点先取した方の勝ちな」


 マレットを片手に「負けませんよ」と意気込む雛に笑って頷き、優人は彼女の対面へと移動する。

 筐体の種類によって勝利に必要な点数に違いはあるが、今回の場合は先に十点を獲得した方の勝利だ。

 優人の側にあった投入口に硬貨を入れると、軽快な音楽と共に優人の陣地へ一投目のパックが放出された。


「雛、ほれ」


 マレットで強く打つのではなく、最小限の力だけを加えて雛の方へパックを送る。緩いスピードで滑るパックをそれでもおっかなびっくりに受け止めた雛は、優人を見て不思議そうに首を傾げた。


「先手は譲ってやる」

「……ほう、その言葉を後悔させてあげますよ」


 雛の中で完全に火が付いたらしい。肩から掛けていたストールすらも手荷物用のカゴに入れて臨戦態勢を整えると、雛はむむっと顔を引き締めて狙いを定める。


「いきますよー……――それっ!」

「甘い」

「ああっ!?」


 絶望的な声が響いた。


「そ、そんなあっさりと……」

「狙いが正確なのも考えもんだな」


 練習もしてない最初の一投目でありながら、ゴールに向けて綺麗なストレートショットを放ったのは素直にすごい。が、如何せん視線から狙いはバレバレな上、真っ直ぐ向かってくるだけに防ぐのは容易い。優人が進行直線上に自分のマレットを置いただけでご覧の有様だ。


 そして胸を張って自慢できるほどのものではないが、優人は割と目が良い。それは単純な数値としての視力もだし、動体視力という点でもそうだ。

 そんな優人にとってエアホッケーというゲームは結構相性が良いのだ。


「どうする? もう一回ぐらいサービスしてやろうか?」

「いりませんっ!」


 むくれつつメラメラと闘志を燃やす雛。仮にまた雛へパックを譲っても、すぐに譲り返されるだろう。

 意外と様になっている前傾姿勢でマレットを構える雛は「いつでもこい!」と言わんばかりにパックを睨みつけている。


 遊びにも全力投球な雛の真面目っぷり。

 そういう微笑ましい姿を見ていると……何かこう、ちょっといじわるしたくなってるのは何故だろうか。


 我ながら腹黒いことは自覚しつつ、優人はマレットを構えると斜め右方向へ鋭いショット――と見せかけてわざと空振り、即座に逆の斜め左へパックを打ち出した。


「あっ、え、ちょ!?」


 フェイントを駆使して虚を突き、さらに角度を付けての一撃はあっさりと雛のゴールへと叩き込まれる。

 優人側のスコア表示に点灯する『1』の文字。雛はそれを愕然と見上げた後、新たに放出されたパックを自らの手元に引き寄せ、うっすらと暗い笑みを張り付けた。


「なるほどそういう攻め方もあるんですね。勉強になりました。……二度同じ手は喰らいませんよ?」

「おお、怖い怖い」


 優人もまた雛とは違った余裕の笑みを浮かべながら、彼女の二投目を待ち構えるのだった。







 ――今にして思えば、簡単に防げたとはいえ初っ端から狙い通りのショットを放った雛のセンスを、もっと早くから警戒すべきだったかもしれない。


「……意外とやるじゃないか、雛」

「ふ、ふふ、そろそろ後悔してる頃なんじゃないですか?」

「そういう台詞は勝ってから言うんだな」

「勝ちますよ、ええ勝ちますとも。正々堂々勝った上で言わせてもらいますとも」


 まさに接戦だった。

 スコア8ー9で優人が負けているビハインド。ちなみに三ゲーム目である。


 一ゲーム目こそ優人が勝利を収めたが、続く二ゲーム目はギリギリからの雛の逆転勝ち。順番待ちの人がいないのをいいことに決着は三ゲーム目へともつれ込み、このゲームを穫った方が栄光の勝者となる。そういうことになった。


 ここだけの話、優人としてはいい感じに雛に華を持たせようかなんて考えていたのだけど、そんな余裕が吹き飛ぶほど雛の追い上げは凄まじい。戦いの中で成長している。


 そもそもの運動神経も良いらしいが、特筆すべきはその吸収力だ。

 優人が最初に見せたフェイントに始まり、色々な小手先のテクニックをすぐに我が物にして攻めに活用してくる。油断はおろか、もはや一瞬たりとも気が抜けなかった。


「――しっ!」

「あっ!?」


 長いラリーが続く中、一瞬の隙を狙った優人の一発が雛の防御を掻い潜った。

 これでスコアは同点、デュースの制度は無し。

 手元へ放出された最後のパックを手にし、雛は挑戦的な笑みで優人を見据える。


「次で最後ですね、優人さん……!」

「ああ、どっちが勝っても恨みっこなしといこうか……!」

「もちろんです。……それにしても、真剣にやるとかなり暑くなってきますね」


 腕を上げて額の汗を拭う雛。服装がノースリーブ故、日焼けを知らない綺麗な白い脇が露わになり、優人の視線は自然と吸い寄せられる。

 そして続けざま、雛は胸元のボタンを二つほど外すと、緩やかになった首回りからワンピースの内側へぱたぱたと手で風を送り込んだ。


「ふう……。よし、覚悟はいいですか優人さん」

「……あ、ああ」


 ――優人は割と目が良い。それは動体視力という点でもあれば、単純な数値としての視力でもある。


 だから見える。ラストバトルにかける情熱のせいで前傾姿勢が深くなり、ちょうど優人から見えやすい位置に降りてくる雛の胸元。ボタンが外れてガードの薄くなったそこから覗く鎖骨回りの肌色は、先ほど見た脇よりもどこか艶やかに映る。


 何も胸の谷間や下着が見えてしまうほどでないのに、目が離せない。

 雛の性格上まさか色仕掛けを図ったとは考えられないし、ただ暑さと息苦しさを和らげようとしただけなのは分かるけれど、それだけに無防備な色気が優人には効果抜群だった。


 さて、そんな集中力の欠けた状態でこの最終局面を制することができるのかと言えば、当然そんなわけもなく――


「それっ!」

「あ」


 ガココンっ!


 一番最初を繰り返すような雛の美しいストレートショット。それが勝負の決定的な幕切れとなった。

 雛側のスコア表示で『WINNER!』の文字が光り、それに勝るとも劣らない輝くような笑顔を彼女は浮かべる。


「ふっふっふ、あえて最初に防がれた一撃を選択する。どうですか、見事に意表を突かれたでしょう?」

「……ああ、完敗だ」


 マレットを置き、両手を挙げて降参のポーズ。

 別のことに気を取られたなんてただの言い訳であり、しかも到底口にはできないようなことなのだから、優人は潔く敗北を認めざるをえなかった。

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