第107話『時にはジャンクなお昼ご飯』

 とりあえず腹ごしらえという運びにはなったのだが、休日の混雑具合というものを少々甘く見ていたのかもしれない。

 ビル内で飲食店が集中しているレストランフロアを訪れたまではいいものの、お昼時にはまだ少し早い時間帯だというのに数軒の店頭にはすでに行列が出来上がっていた。

 優人たちと同じようにテーマパークに入れずあぶれた人たちが流れてきた結果もあるかもしれない。


 どこか雰囲気の良さそうな場所でもと見繕ったところで芳しい結果は得られず、結局行き着いた先は駅前などてよく見かけるハンバーガーショップ。そこが悪いというわけではないけれど、遠出までしてチェーン店を利用することには微妙な味気なさを感じる。


「悪い雛、結局普通のところになって……」


 注文待ちの列の最後尾に並びつつ、優人は悔やむように顔をしかめた。

 こういう時に次善の策の一つや二つでも用意しておければ格好もつけられたのだがら、自分の考えの浅さに呆れと悔しさを覚えてしまう。


 しかし雛は気を悪くした様子もなく、手にしたメニュー表を優人にも見えやすい角度に傾けながら、やんわりとした苦笑で口元を彩った。


「もう、優人さんのせいじゃないのにさっきから謝りすぎですよ。こういったお店はほとんど利用したことがなくてちょっと楽しみなぐらいなんですから、あまり気にしないでください」

「……すまん」

「ほらまた。それ以上言うなら強制的にお口チャックですからね?」


 くうを摘んだ指を横に引っ張るようなジェスチャーを見せる雛。

 おどけた仕草は優人を気遣ってのものだろう。懲りずに謝罪を重ねれば雛から触れてもらえるのか思うとつい口が動きそうになる。

 そんな自分をひっそりと戒めると、優人は気を取り直して雛が見せてくれるメニュー表に視線を移した。


「優人さんは何にしますか?」

「テリヤキのセットかな。ポテトとコーラで」


 特に真新しい商品もなさそうなので自分の中での鉄板の組み合わせを告げると、雛がぽかんと口を半開きにする。


「え、き、決めるの早い」

「俺は割と来たことがあるからなあ。他のチェーン店でも頼むのは大体テリヤキ系だし」

「な、なるほど。なら私は、えーっと……」

「ゆっくりでいいゆっくりで」


 もうちょっと間を置いてから決めた方が雛を焦らせることもなかっただろうか。

 こういうところも次から気を付けようと思いつつも、むむむと眉を寄せて考え込む雛を見るのもこれはこれで微笑ましいので、難儀な選択になりそうである。


 幸いまだ優人たちの番は回ってきてないし、決まらずに回ってきたとしても後ろの人に先を譲ればいいだけの話だ。だから特に急かすこともなく雛を見守っていたのだが、最終的には順番が回ってくる前に決められたらしい。

 メニュー表から顔を上げた雛に向けて尋ねる。


「決まったか?」

「はい。チーズバーカーのセットで、ポテトとバニラシェイクにします」

「了解。なら注文は俺がしとくから、雛は席を取っといてくれないか?」


 混雑具合を見てもまず満席になることはなさそうだが、先んじて確保できるに越したことはない。

「分かりました」と素直に応じて店の奥へと進む雛の背中を見送り、二人分の注文内容を頭の中で反芻はんすう。順番が回ってきたところで注文を済ませ、そう時間も経たずに出来上がった商品をトレーに乗せて雛の待つ席へと向かう。


「雛は、と――」

「優人さーん、こっちこっち」


 優人がその姿を見つけるよりも早く、少し離れた場所から明るい声で呼び止められる。視線を向けた先では、端の二人掛けテーブル席のそばに立つ雛がこちらに向けて手招きをしていた。


 ……その瞬間、雛の周囲にいた主に男連中が落胆の色を見せた気がしたのは、決して優人の勘違いではないだろう。

 雛のような魅力的な美少女に声をかけたくなる気持ちは、彼女を好きになった今となっては余計に理解できるけれど、今日だけはさすがに勘弁してほしい。

 色んな意味で気が抜けなさそうな今日のデートに軽い苦笑を浮かべた後、優人はテーブルにトレーを置いた。


「お待たせ。席ありがとな」

「いえ、優人さんこそ注文ありがとうございます」


 互いにお礼を言い合って着席。すると雛は、注文したものを手に取るよりも先に背筋を伸ばして両手を合わせる。


「いただきます」


 思わず惚れ惚れするような丁寧な所作。常日頃から欠かさないであろう食事における始まりの挨拶を、たとえファーストフードでも怠らない雛の人柄はとても好ましい。

 その姿をついじっと眺めてしまうと、視線に気付いた雛がきょとんと首を傾げる。


「どうしました?」

「いや、雛らしいなと思ってな」

「え?」

「何事も丁寧だって話。雛の良いところだよ」

「な、何ですかいきなり」


 雛にとっては当たり前のことすぎて褒められてもピンとこないらしく、突然の賞賛にうっすらと頬を染めた彼女は唇を小さく尖らせながらチーズバーガーの包み紙を開ける。

 優人もまた雛を見習って「いただきます」を唱えてからテリヤキバーガーに手を伸ばした。


 さて、雛にとってはほとんど経験のないジャンクフードとのことだが、少なくとも及第点には達したらしい。両手で大事そうにチーズバーガーを持った雛は小気味よいペースではむはむと食べている。

 ポテトを差し出せばハムスターみたいに食いつきそうだなんて想像していると、不意に雛が緩ませていた目を見開いた。


「そうだお金。私の分は六百円でしたよね?」

「いいよ、俺の奢りだ」

「え、でも……」

「結果的にテーマパークのチケット代が浮いたからな。これぐらい安いもんだ」

「だからと言って」

「まあまあ、俺の顔を立てると思って奢らせてくれ」

「……そこまで言うなら、お言葉に甘えますけど。無理しないでいいんですからね?」

「分かってるよ」


 不承不承といった感じで受け入れた雛がバニラシェイクのストローを咥える。


「もしかしてですけど、チケット代も俺が誘ったからーとか言って払う気じゃありませんでしたか?」

「…………」

「……臨時休業にちょっとだけ感謝ですね」


 それから少しの間、二人の間には雛のシェイクを啜る音だけが流れた。じとーっと注がれる金糸雀色の半目を添えて。

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