第106話『デートの幸先は?』

 目移りしちゃダメ。

 それはつい先ほど優人が雛から言われた言葉だが、今はその忠告を周囲へ向けて言いたくなっていた。


 目的地の高層ビルへ向かうその道すがら、華やかな衣装を着せられたマネキンが店頭にずらりと並ぶアパレルショップや行列のできている飲食店、路上パフォーマンスのマジックショーなど、興味を引きそうなものは色々とある。


 だと言うのに優人の隣を片時も離れず歩く雛とすれ違うたび、その可憐な姿を目で追う人のなんと多いこと多いこと。

 圧倒的に割合を占めるのは異性であるが、同性の中にも関心を持ったように目を見張る者はいる。

 雛自身が誇る外見はもちろんのこと、そのファッションコーディネートにも惹かれるものがあるのだろう。


 そんな女の子と二人でデート――その事実に優越感を感じないかと言えば嘘にはなるが、それを素直に享受する立場になれるかどうかは、今日の自分の行動次第だ。

 雛が楽しめるように。その志を今一度胸に刻みつつ、優人は雛の様子をそっと横目で窺う。


 初めて来た場所だからと言うのもあるのか、雛もまた色々なものに目移りしてるようだった。きょろきょろと辺りを見回す仕草は小動物のように愛らしい。

 特に興味を示したのはマジックショーで、視線に気付いて「覗いてくか?」と尋ねれば「ちょっとだけ」と照れくさそうなはにかみを見せてくれる。


 雛が望むならちょっとと言わずいくらでもと思ったけれど、マジックショーはほぼ終盤だったらしい。優人たちが本格的に見物し始めてからは二、三種のマジックを披露してお開きとなってしまった。

 それでも最後は惜しみない拍手を送る楽しそうな雛を眺めつつ、優人も優雅な一礼するマジシャンへ拍手を送った。


 ひとしきり騒ぎが落ち着いて集まった観客がばらばらと別れていく中、優人を見上げた雛は軽く頭を下げる。


「ごめんなさい、私のわがままに付き合わせてしまって。ちゃんと訊いてませんでしたけど、目的地むこうに到着したらまずは何から回るんですか?」


 基本的に今日のデートコースは優人に一任されている。だからこその雛からの問いに優人は頷くと、スマホの履歴から高層ビル内にある屋内テーマパークの特集を表示させた。

 すると身体を寄せて覗き込んでくる雛。何の躊躇いもなく距離を詰めてくることがたまらなく嬉しい。


「へえ、屋内の割には結構広いところなんですね」

「アトラクションの数も結構豊富だしな。……どうだ?」

「いいと思いますよ。今から楽しみです」


 心の底からそう思ってるような明るい笑顔を雛が見せてくれる。もし難色を示されたらどうしようかと実は結構ひやひやしていたのだが、掴みは上々みたいで良かった。

 エスコートの第一弾が成功に向かっていることに安堵しつつ、わくわくと上機嫌そうな雛を連れて優人は歩き出した。








「……り、臨時休業デスカ?」

「はい、大変申し訳ございません……!」


 優人の頬がこれでもかというぐらい引きつるのを、一体誰が止めることなどできようか。

 目の前でそれはもうこっちが申し訳なるぐらい頭を下げ続ける係員が言うにはそういうことらしく、テーマパークの入り口では『CLOSED』の立て看板が無情なまでに行く手を阻んでいる。


 話を聞くに、電気系統のトラブルとか何とかで即日の復旧は厳しいようで、本日はやむなく休業という運びになったとのこと。

 原因はさておき、パーク側だって対応に追われて大変だろうから文句まで言うつもりはないけれど、さすがに重いため息がこぼれてしまうのは許して欲しい。


 次回使える割引券の進呈など、少しでも便宜を図ろうとしてくれた係員の申し出はやんわりと丁重にお断りし、とりあえずその場を離れる。往来の邪魔にならないよう壁際まで移動したところで優人は勢いよく雛に頭を下げた。


「すまん雛、まさかこんなことになるとは……」

「あ、頭を上げてください。優人さんが悪いわけじゃないんですから」


 雛だって楽しみにしてくれただろうから、落胆する気持ちはきっとあるはず。けれどそんな態度を欠片も見せず、優人を励ますように寄り添って背中をさすってくれる優しさが身と心に沁みた。

 臨時休業は確かに優人のせいではないが、雛をエスコートすると張り切っておきながら、結果として上げて落としてしまっただけに申し話なさが募る。


「それはともかく、どうしましょうか……。優人さんの考えだと、テーマパークでどれぐらい過ごすつもりだったんですか?」

「二、三時間ぐらいは……」

「け、結構がっつり予定が空いちゃいましたね」


 そう、一番の問題が何かと言えばまさにそこなのだ。

 多少狂うだけならまだしも、ここまで大きな変更を余儀なくされるのはさすがに想定外であり、さらに付け加えればお昼もテーマパーク内の飲食店を利用しようと思っていたので、そういう意味でも考えることが増えてしまった。


「ちょっと待ってくれ、今考えるから……!」

「そ、そんな焦らなくていいんですからね? 私は別に、適当にぶらぶらするだけでも構いませんし」


 横合いから温かい言葉を受け取りつつ、優人はスマホ片手に思案する。

 一体どうしたものか。とりあえずテーマパークの後に予定していた場所を回り、その間に何か別のプランでも考えるのが最善だろうか。

 時間の関係上、今日の最後に予定しているアレ・・だけはズラしたくないので、どうにかそれ以外で調整を……。


 とアレコレ考えていた矢先、優人の聴覚をとある音が刺激した。

『くううぅぅぅ……』と何度か聞いた覚えのある、どこか可愛らしさすら感じてしまうその音色。優人の予想が違ってなければ隣の彼女が発した音のはずで、ついその発生源の辺りに目が向いてしまう。


 薄いブルーのワンピースに包まれた、きゅっと細く引き締まったお腹回り。

 力強く抱き締めたら折れてしまいそうなそこを両手で隠した雛は、いつの間にか俯いてぷるぷると震えている。何度経験しても恥ずかしさは衰えないようで、たとえ見えなくともその顔が赤らんでいるのは耳を見れば分かった。


「……ちょっと早いけど飯にするか?」

「はい……」


 羞恥混じりのか細い返答が聞こえた。


 ――こんなことを言ったら真っ赤になって小突かれそうだから黙っておくけど、目先の予定を分かりやすく決めてくれた雛のお腹の音に正直感謝したくなった優人であった。

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