第88話『頑張り屋さんと可愛いケーキ』

「はー……こういう小さな人形ってどうやって作るんでしょうか……?」

「マジパン細工ってやつだな。確か原料はアーモンドの粉末や砂糖で、まあ和菓子でいうところのあんみたいなもんだ。それを手とか竹串でこねくり回して作る感じ」

「へえ、型に当てはめるとかではないんですね。優人さんは作れるんですか?」

「さすがに厳しいなあ。技術的にもだけど、こういうのってセンスがかなり重要になってくるし。俺みたいな顔の奴からこんな可愛いのができると思うか?」

「顔は関係ないでしょうに。私が風邪引いた時はりんごをうさぎの形に切ってくれたじゃありませんか」

「……覚えてんのかよ」

「もちろん。とても可愛い出来映えでしたよ?」

「そりゃ良かった」


 眩しい笑顔の直視に耐えかねて目を逸らす。


 雛がパジャマを購入した店舗以外にも何軒かはしごした後、二人は地下の食品街に足を運んでいた。優人の提案通りスイーツショップを中心にしたウィンドウショッピングに洒落込み、とある店舗のショーケース内に並べられた商品に雛がふらりと吸い寄せられたのが数分前の出来事だ。


 一人分として三角形に切り分けられたショートケーキ、その上にこじんまりと添えられたマジパン細工の白い小犬。サイズが小さい割に作り込みは繊細で、ケースの中からそこはかとなく無垢な表情が優人たちを見上げている。それにさっきから目を奪われている誰かさんも負けず劣らず無垢な瞳をしているのだが。


「あ、こっちも可愛い……」


 雛の意識が隣のチョコレートケーキに移る。同様にマジパン細工の人形が添えられており、こちらはビターチョコの色に合わせた黒猫だ。


「せっかくだし買って帰るか?」

「それはやまやまなんですけど、持って帰る途中で崩れないかが心配なんですよね。そしてどちらも捨てがたい……」

「ああ、確かに」


 人形の方に目を奪われがちだが、ケーキ自体も中々に凝った作りをしている。少し崩れたところで味にそう大差はないと思うけれど、どうせならちゃんとした完成形で楽しめるのがベストだろう。


 後者の問題については、優人と雛で一つずつ買えば問題ない。それなら家で一緒に食べる口実ができるという姑息な考えも正直ちょっと考えてる。

 しかし、それを切り出すのはもう少しだけ後でいいかもしれない。


 だって、二つのケーキを前にうんうんと悩む雛のなんと可愛らしいことか。眉根を寄せたり唇を真一文字に引き結んだり首を右へ左と傾けたりと。無意識であろう表情の移り変わりは見ていて飽きが来なかった。


「よろしければ奥にイートインスペースもありますので、こちらで食べていくこともできますよ? お二人でしたらちょうどピッタリのセットメニューもありますので」


 ショーケースの裏側で待機していた店員からそう声をかけられた。

 にこにこと愛想のよい笑顔に微笑ましいものを見るような含みを感じつつも、軽く頭を下げて「どうも」と言葉を返す。


「だそうだ。三時のおやつにはちょっと遅いけど食べてくか? 二人で一つずつ頼んでシェアすればいいだろ」

「いいんですか、私のわがままで」

「俺も興味あるし」

「……ありがとうございます。じゃあ、また私に付き合って下さい」

「ん。すいません、ここで食べてきますからさっきのセット? でお願いします」


 雛の意志も決まったところで、先ほどの店員に声をかける。


「かしこまりました。ケーキとお飲み物をそれぞれ二つずつお選び頂く形になりますが、ケーキはこちらの二つでよろしいでしょうか?」

「はい。飲み物はアイスコーヒーと、雛は?」

「ミルクティーでお願いします」

「かしこまりました。それではあちらからどうぞ」


 店員に促されて店の奥へと進み、それからまた別の店員の誘導で二人掛けのテーブル席に案内される。持ち帰りよりイートインを利用する人の方が多いのか、暖色系の落ち着いた店内はそれなりに混雑していた。


 お冷やと一緒に渡されたおしぼりで手を拭く雛はそわそわと肩を揺らし、注文の品が到着するのを今か今かと待ちわびているのは明白。

 ケーキはすでに出来上がっている以上あとは飲み物を用意するだけで大して待つこともないだろうに、クリスマス前の幼い子供のような様子に優人の口元は緩んでしまう。


 そこで我に返ることができたのか、優人が浮かべた笑みの意味を正しく理解したらしい雛はさっと頬を赤らめ、所在なさげに前髪をいじる。


「い、いいじゃないですか、本当に楽しみなんですからっ」

「見てりゃ分かるよ。すぐ来るから待ってなさい」

「うう、まるで子供をあやすみたいな言い方……」


 事実それとほぼ同義なのだが、正直に口にしたらテーブルの下で足を小突かれそうなのでお口にチャックである。


 ――そんな風に雛にばかり集中していたせいで、優人の反応は遅れた。


「……あれ、優人?」

「あ、本当だ」


 新たに店員に案内され、優人たちの隣のテーブルに着席した男女二人組。聞き覚えのある友人の声に緩んだ表情を取り繕うが、今更その程度のごまかしなど焼け石に水だ。


 恐る恐る顔を向けた先では、優人の友人である一騎とエリスが、揃ってこちらを窺っているのだった。

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