第89話『悩める男子』
女が三人集まって
そんな漢字の成り立ちを聞いたことはあるが、実際に目の当たりにしたその光景は騒々しというより微笑ましいものだった。
まさかの遭遇から少し後。
視線の先にいるのは三人に満たない二人の少女だが、じっと眺めていると意外と盛り上がっているのが見て取れる。
「それなら、このメーカーあたりがオススメ」
「これですか。前にちょっと気になりはしたんですけど、少しお値段が……」
「無理強いはしないけどそれだけの価値はあると思う。何なら今度、私が持ってるので試してみる?」
「そ、そこまでして頂かなくても! ……む、むう……では……お、思い切って買ってみますっ」
商業施設内にある女性向けコスメショップの店内。
一歳程度の年の差なんて女子高生御用達のヘアケア用品の前では些末な問題らしい。
さっきのスイーツショップでの遭遇がほぼ初対面のはずなんだけどなと、雛とエリス、二人の美少女が仲良く戯れる様子を店の外から優人は見守っていた。
ハーフであるエリスの緩いウェーブがかかった金髪は、同性である雛の目から見ても手本になるらしく、先ほどから長い髪の手入れに関する教えを乞うているみたいだ。
優人にはよく分からない液体のボトルを片手にレクチャーするエリスの言葉に、雛はかなり真剣な面持ちで耳を傾けている。
やはり女性にとって、長く綺麗な髪というの憧れなのだろう。
「見張り役ごくろーさん」
野暮用があると言って姿を消していた一騎が戻ってきたところで、念のため彼女たちがナンパされないように見守るという優人の一仕事は無事に終わりを迎える。
「用は済んだのか?」
「おう。あの子がエリスを引き付けてくれてるおかげで助かった」
そう言った一騎は鞄の奥に隠されているラッピングされた小箱を優人に見せた。
雛本人にそういった思惑はないと思うが、状況を利用して何か買ってきたらしい。
「エリスへのプレゼントか?」
「ああ。本人はバレてないと思ってるだろうけど、結構物欲しそうに見てたからな。そろそろあいつの誕生日だしちょうどよかった」
「へえ、なかなか彼氏っぷりが板に付いてるじゃないか」
「だろ?」
ニカッと得意げに笑う一騎。それを見届けてから、優人は重くため息をつく。
「こんな所で出くわすとか……本当どんな確率だよ」
「おうおう人様を疫病神みたいに言いよってからに」
気を悪くすることもなくからからと笑う一騎を一瞥し、今度は軽くため息。
そこまで邪険にするつもりはないものの、時間と場所がこうも見事に被るのは予想外だ。
「彼女とのデートでちょっと甘いもんでもと思って店に入っただけだっつの。何もおかしくねえだろ?」
「そりゃまあ」
「そっちはどうなんだよ?」
「……ただ一緒に出かけてるだけだ」
臆面もなくデートだと言える度胸は、まだない。
「カップル用のセットなんて頼んでおいて?」
「うるせえ知らなかったんだよただお得なセットとしか聞いてなかったから」
痛いところを疲れて優人は顔をしかめる。
先ほどの店舗で優人と雛に出されたのが、男女のカップルでのみ注文することのできる限定スペシャルセットだった。ケーキと飲み物にプラスして、ハートマークを模した小さなクッキーも付いてくる大変ありがたい内容であり、なるほどあの店員の言う通り男女のペアにはピッタリのセットだったかもしれない。タイミングが最悪なことを除けばの話だが。
どうにか上手く誤魔化せないかと思っていた矢先にニコニコ顔の店員から配膳された時の絶望感といったらない。内容をきちんと確認もせずに頼んだのはこちらなので甘んじて受け取るしかなく、さらっと同じセットを注文していた一騎たちの方に商品が届くまで、いたたまれなさが半端なかった。雛も雛で真っ赤になって縮こまってしまったので余計に。
ちなみにその可愛らしさがエリスの琴線に触れたことが、今現在繰り広げられている仲睦まじい様子の要因である。
「――で、どうすんだお前は?」
「何がだよ」
「今んとこカップルじゃないってのは信じてやるとして、それならそれで告白しないのかって話。黙秘権を行使するってのはナシな?」
はぐらかすための文句を先んじて封じられ優人は唇を噛み、仏頂面を浮かべて口を開く。
「……自分でも情けないとは思うけどさ、いざ好きになって告白となると……タイミングがどうにも分からん」
「そういうのは待つんじゃなくて作るもんだぞ? 例えば、今日の帰りに雰囲気の良さそうなところに誘ったりしてよ」
「簡単に踏み切れたら苦労しない」
「へたれ、根性無し、臆病者ー」
尖った言葉が立て続けにグサグサと突き刺さる。
散々な言いようだが、ぐうの音も出ないほどの正論だ。特に一騎は自分からエリスに告白したらしいので、なおのこと優人がへたれ男に見えるのだろう。
「まあ、お前の気持ちは分かるし、人にはそれぞれペースもあるだろうから無理に焚きつけるつもねえけどよ。でも迷ってるぐらいならさっさと行動に移した方がいいと思うぞ? あの子に関しちゃ競争率も高いんだし」
「ああ、分かってる」
今日だってナンパにあったし、何だったら今も店の前を通りかかる男から向けられる目はエリス込みで多い。女性向けである店の性質上男が立ち入り辛いだけで、場所が違えばとっくに声をかけられていただろう。
学校でもそれは似たようなものだ。未だに時折告白されているという話は雛と同じ学年の小唄から聞いている。幸いなことに雛が首を縦に振ることはないらしいし、現状異性として一番親しい立ち位置にいるのは自分だろうというある種の自信もある。
他の男より有利なその立ち位置に、正直少し安心しているのが、今の優人の本音だ。
それに甘えてはダメだと理解していても、付かず離れずの距離感が心地いいとも思っている。
一歩踏み出して、もし望む結果とは違うものになったとしたら、それはとても怖いから。
百パーセントの確証がなければ踏み出せないという時点で情けないと思うが。
「悪い、一騎には色々相談に乗ってもらったのに」
「やっぱり今までのは全部そうだったわけか。まあ、それについては気にすんな。さっきも言ったけど無理に焚きつけるつもりはない。ただ、親友の恋は無事に成就して欲しいってだけだ」
「……ありがとう」
「おう。また何か相談あったら聞いてやるから頑張れ」
バシンと勢いよく背中を叩かれる。不意の衝撃につんのめりそうになりながらも、ありがたい厚意に優人は笑った。
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