第68話『頑張り屋さんが語る過去②』

 捨て子。

 親に捨てられた子供。

 言葉こそ聞いたことはあっても、実際にそういった存在を目の当たりにしたのは初めてのことで、雛が告げた事実に優人はわずかに目を見開く。

 けれどそれ以上動じることはなく、淡々と「そうか」と相槌を打った。


「あれ、思ったよりも驚かないんですね?」

「捨て子ってのはともかく、今の家族とは義理なんじゃないかってのは何となく想像がついてたからな」


 捨て子という辛い過去はさすがに予想外だったものの、今の家族との血縁関係の有無については優人が睨んだ通りだった。

 だって、雛はいつもそうだったから。


『ここに住むこと、家の人に話したんですよ』

『……家の人は仕事で忙しかったので』

『家の人がいい顔をしませんでしたから』


 家の人、といつも他人行儀な呼び方ばかり。お母さんとか、お父さんとか、両親とか、そういう風な言葉を口にすることは一度たりともなかった。

 そして良好ではない家族関係も考慮すれば、雛が養子ではないかという可能性には十分思い至る。


 予想通りで、けどそうであって欲しくなかった事実だ。


「……どうして、捨てられたんだ?」


 思わずそう問いかけてしまって、言った後に自分の思慮の無さに優人は唇を噛んだ。

 親に捨てられた理由なんて、誰だって口にしたくないはずだ。

 だが雛は気にした様子もなく、ゆらゆらと小さくブランコを漕ぎながら「さあ」と軽やかに答えた。


「なにぶん小さい頃の話なので、今でもよく分からないです。金銭的にやむを得ない事情でもあったのか、単純に私がいらなくなったのか」

「……そっか」

「我ながら薄情だとは思いますけど、正直本当の両親のことはもうどうでもいいんですよ。今となっては顔もよく覚えてませんし、仮に今さら会いに来られたとしても、反応に困っちゃいますから」


 その割にはたまに夢に見るんですけどね、とばつの悪そうな笑みで雛は付け足した。

 いつか風邪を引いた雛の看病をした時に聞いた、『おいてかないで』という寝言。その意味がやっと分かった。

 親に捨てられた悲しい思い出は、割り切ったつもりでもそう簡単になくなりはしないだろう。


 暗くなった空を見上げて、雛は何の気もなしに息を吐く。ゆらりと上がった白い吐息はすぐに夜の闇の中へと消えていった。


「捨てられてから、しばらくは養護施設で暮らしてました。そして小学六年生になって少し経った頃、私は今の空森の家に引き取られたんです」


 ということは、雛が空森の姓を手に入れてから約四年以上は経っている。

 本来他人だった相手と家族の形を為すにあたって、その年月が足りないのかどうかは優人には分からない。


「空森は結構裕福な家でした。義理の両親になってくれた二人はそれぞれ仕事で成功を収めていて、お互い仕事を優先しがちな人たちでしたけど、夫婦仲自体も決して悪くはなかったと思います。……ただ一つ、身体的な理由で子宝にだけは恵まれなかったみたいで」

「それで、雛を養子にしたと?」

「ええ、そういうことです」

「……なら、その二人からは大事にされたんじゃないのか?」


 わざわざ養子を取るぐらいに子を持つことを諦められなかったということだ。蝶よ花よとまではいかなくとも、それなりに愛情を注がれるのが自然な流れのはず。


「それがそうでもなかったんです。あの人たちが私を引き取ったのは、一言で言えば世間体のためでしたから」

「……どういうことだ?」


 世間体。子を持つ理由としては聞き慣れない言葉に優人は眉を顰めた。


「子宝に恵まれなかったて話しましたよね? あの人たちはそれならそれと割り切って仕事に打ち込んだみたいですけど、どうにも家族や親戚には子も持てないことで小言を言われてたそうです」

「そんなこと言ったって、身体的な問題なら仕方ないだろ」

「ええ、私も同意見です。でもそうじゃない人たちばかりが、二人の周りにはいたということですよ。つまるところ私は、そんな人たちへの言い訳として引き取られたんです」

「……何だよそれ」


 優人は足下に向けて言葉を吐き捨てる。

 まるで雛を、トロフィーか何かのように扱って。

 顔も知らない雛の義理の両親にだって同情する面はあるが、だからと言ってそんな理由で養子にされる側はたまったものではないはずだ。


 だが優人が不快感で表情を歪ませる一方で、当の本人の雛は薄い笑みを口元に浮かべていた。


「理由はさておき、引き取られたこと自体はそう悪くもなかったんですよ? こう言ってはなんですけど、養護施設にいた時よりはずっと質の良い暮らしになりましたし、最初はまあそれなりに構ってもらえましたから」

「最初はって……」

「その頃は、あの人たちも探り探りなところがあったんでしょう。でもその内、私が手のかからない子だと分かるにつれて、それまでのように仕事を優先するようになっていきました。幸い裕福でしたから、子供の私一人ではどうしようもないことがあっても、家政婦さんにでも来てもらえれば問題なかったんです」


 小六になって少しということは、当時の雛の年齢は十一歳か十二歳。ある程度自立心が芽生える年頃だし、養護施設という特殊な集団の中で暮らしていた雛は、普通の家庭の子供に比べてなおさら成熟が早かったのだと思う。


 もしかしたら彼女が選ばれた理由には、そういった側面もあったのかもしれない。 


 実際に子を育てたいわけではない。雛が口にした通り、子無しと後ろ指を刺されないための言い訳。

 増していく嫌悪感に優人が渋面を作る中、雛はその続きを語り始めた。

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