第46話『色々と迂闊な頑張り屋さん』
「やーやーすんませんね、うちの妹がご迷惑かけちゃって。あ、良かったらこれ、先輩たちもつまんでください」
四人掛けの木製テーブルに優人と雛が隣同士で座り、そしてその対面には小唄が。
手の平を向けて差し出してきたのは近くの屋台で売っているベビーカステラであり、こんがりと焼けた生地から香ばしい匂いが漂ってくる。
「ん、ありがとな」
「……いただきます」
優人は焼きそば、雛はお好み焼きをすでに昼食として購入していたので、その合間にベビーカステラを食べさせてもらおう。
「改めてありがとうございました。ちょっと目を離した隙にいなくなってたんすけど、この混雑じゃなかなか見つからなくて……」
「礼なら空森に言ってくれ。最初に声をかけたのは空森だ」
「そうなんすね。ありがとう空森ちゃん、本当に助かったよ」
「いえ、大事にならなくて良かったです。美春ちゃん、でしたっけ? 迷子なのに泣くこともなかったので、こっちも対応しやすかったですよ」
「元気が一番みたいな子だからねー。今回はそれが仇になっちゃったけど」
一口サイズのベビーカステラをぱくりと食べ、小唄はやれやれといった風に頬杖を突いた。
六人姉弟の長女の苦労に同情しつつ、優人も続いてベビーカステラを口の中に放り込んだ。
「家族には付いてかなくていいのか?」
「うちはもう帰るだけでしたからね。美春にはしっかり言い含めておきましたし、ママからも『友達に会ったならちょっと遊んでいったら?』って言われたんで」
「……そうか」
「奇遇っすよねー。まさかこんな所で先輩たちに会うとは思いませんでしたよ」
「そ、そうですね。こう人が多いと、すれ違ってもお互い気付かなそうですし」
「ねー。……で、先輩たちは初詣デートっすか?」
しれっとぶっ込まれた発言に、優人と雛は揃って身を固くする。
いち早く復帰した優人は焼きそばと一緒に買ったお茶を飲んで喉を潤し、小唄に何食わぬ顔を見せつけて口を開いた。
「いや、俺たちも偶然そこで会っただけだ。なあ空森?」
「は、はい。一人で来てたんですけど、たまたま先輩をお見かけして」
「……あたしもこうして出会ったわけっすから、たまたまってのはまだいいんすけどね。でも、その流れでお昼って感じになります? 見たところ最初から二人で一緒に食べようとしてたみたいっすけど」
腹の底を探るように、やや身を乗り出した小唄は下から優人たちに視線を注ぐ。
「それこそたまたまだ。何となくそういう気分になる時だってあるだろ?」
「ふーん、そんなもんっすかねー。……ところで、さっき美春から二人はお隣さんだっていう情報を仕入れたんすけど」
ここで雛が、恐らく反射的に口元を手で覆ってしまった。
先ほどの自らの失言を思い出して咄嗟に反応したようだが、今のこの状況でその動きは答えを提示したようなものだ。
小唄の口の端が、にやぁと吊り上がる。
「お二人さーん、そろそろ白状してくれてもいいんじゃないっすか?」
「――ははあ、空森ちゃんの引っ越し先が先輩と同じアパートで、しかも隣の部屋とは。世界って案外狭いもんすねー」
全くその通りだ。こんな所で知り合いに
優人はため息を一つこぼし、ふむふむと腕を組んで頷く小唄を見やる。
さすがに隠し通すのも限界だと判断し、雛の了解の下で小唄には正直に話すこととなった。とはいえ、何も馬鹿正直に全てをというわけではない。
雛の家庭事情云々に関してはもちろん伏せており、あくまで一人暮らしを始めた雛が偶然にも優人の隣に引っ越してきた、という体で小唄には伝えている。
知ったところで小唄が不用意に首を突っ込んでくるとは思わないが、デリケートな話題をわざわざ広めることもないだろう。
「二人のきっかけが妙に気になってたんですけど、そういうことだったわけっすか。先輩が一人暮らしなのは前にちょろっと聞きましたけど……空森ちゃんは何でまた一人暮らし始めたの?」
「まあ……社会勉強の一環でしょうか」
「ほえー、立派だねえ」
きっかけが家出だと言えるわけもなく、よくある理由の一つでごまかす雛。
幸い小唄はその言葉を疑うことなく受け取り、ぱちぱちと小さな拍手で雛のことを称えている。
「にしても空森ちゃんみたいな可愛い後輩が隣に越してくるなんて、男の人的には胸熱イベント来た! って感じじゃないっすか。先輩、隣人なことにかこつけて変なことしてないっすかー?」
「俺を何だと思ってんだ。ちゃんと適切な付き合い方をしてるわ」
「などと供述しておりますが、空森ちゃんはどう思われますか?」
「供述の時点でほぼアウト判定されてんじゃねえか」
まるで被疑者のような扱いである。
無論からかっているだけなのは分かっているので、優人も不服をポーズで示すだけだ。
「そうですね……実際色々と手を貸してくれますし、今のところ良いご近所付き合いをさせてもらってると思いますよ」
「ほほう、その様子だと隣人ガチャとしてはSRぐらいあると」
「ガチャはよく分かりませんけど……まあ、概ね良い人だとは思ってます」
「概ねってなんだ概ねって」
微妙に含みのある物言いに優人がツッコミを入れると、雛はぷくりと頬を膨らませ始める。
「だって先輩、時々強情なところあるじゃないですか。この前だって私が食器洗いしようとしたら、自分がやるって言って割り込んできましたし」
「……ねえ空森ちゃん、それはつまり、どっちかの部屋で晩ご飯なりを一緒に食べたってことでいいのかな?」
「……今のは忘れてください」
「そいつぁ無理な相談だよ空森ちゃん」
失言パート2。
今度は口元どころか両手で顔を覆った雛は自分の迂闊さを恥じるように背中を丸めてしまう。
「先輩、適切とは?」
「……状況・目的などにぴったりと当てはまること。その場や物事に相応しいこと」
「いや辞書じゃないんすから」
冷めた目で見られた。
それ以上言い返すこともできずに口を
そんな二人をしばし眺めた小唄は、やがて白い歯を覗かせて噛み殺すような笑い声をこぼした。
「まあ、いいんじゃないっすか。仲は良さげな感じですし」
「言っとくけどお前が期待してるようなもんは何もないからな」
「はいはい、そーいうことにしとくっすよー。んじゃ、あたしはそろそろ帰りますね。あ、空森ちゃん、良かったら連絡先交換しない?」
「え、あ、はい……」
優人の言葉はさらりと受け流し、小唄が落ち気味の雛の肩を叩く。
そこまで来てようやく顔を上げた雛は、女子高生らしく慣れた手付きで小唄とスマホの連絡先を交換した。
「登録完了っと。ではでは、お二人はこの後もごゆっくりどうぞ」
「小唄、今日のことは内密にしといてくれると助かる」
「分かってるっすよ。あたしも馬に蹴られる趣味はないんで、そこは安心してください」
「馬って……お前やっぱ勘違いしてんだろ」
「あはは、さあどうなんでしょうねー」
最後まで人を食ったような笑みを浮かべたまま、ひらひらと手を振った小唄は群衆の中へと埋もれていく。
「……疲れた」
小唄の姿が完全に見えなくなり、とにもかくにも一段落だ。
優人が腹の底から絞り出すようなため息をつけば、隣の雛はおずおずと躊躇いがちに優人の顔を窺った。
「ごめんなさい、先輩……私が迂闊だったばかりに……」
「偶然会っちまったもんに関しては仕方ないだろ。……二つ目のは完全にやらかしだったと思うけどな」
「うぅ……!」
とはいえ、過ぎたことを蒸し返したところでどうしようもない。
不幸中の幸いなのはバレた相手が小唄だということだ。念のため釘は刺しておいたし、そもそも小唄なら不用意に今日のことをひけらかすこともないだろう。
色々とノリが軽い彼女だが、その辺りの分別は
「飯も食ったし、そろそろ帰るか」
「そうですね。――あ」
「どうした?」
「いえ、鹿島さんからさっそくメッセージが……」
雛がスマホの画面に表示された新着メッセージをタップする。
他人のスマホを覗き見るのはマナー違反だと思うので、雛がメッセージの内容を確認する間、優人はテーブル上に残った食べ終えた昼食の空容器などをまとめてゴミ箱に捨てに行った。
そうして片付けを終えてテーブルに戻ると、スマホを両手で持ったまま微妙に固まっている雛の姿が目に入る。
「なんだって?」
「……あ、あれです、これからよろしく? みたいな内容でした……」
スマホで口元を隠しつつ、明後日の方向に目線を向けた雛が答える。
彼女の白い頬はなぜか、ほんのりと赤く色付いているのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます