第44話『頑張り屋さんと初詣』

 三が日の真ん中、一月二日。

 元旦に比べ少し雲は出ているが、概ね快晴といえるその日のお昼前、優人と雛の二人は自宅から徒歩とバスで数十分ほどの距離にある神社を訪れていた。


「結構人が多いですね」

「ここら辺じゃ一番デカい神社だからな。これでも元旦よりはマシなはずだ」


 詰めかけた大勢の参拝客に圧倒されたように口を開く雛の横顔を目の端で捉えながら、優人もまた周囲を軽く見回して軽くため息をこぼした。

 敷地面積が広い故に建物は立派なものであり、境内の周りには参拝客狙いの屋台も数多く並んでいる。

 ともかくまずはお参りだということで手水ちょうずを済ませ、神社の本殿へと続く長ったらしい列の最後尾につく。

 一応前もって覚悟していたとはいえ、賽銭箱の前に辿り着くまでにはそれなりに時間を要することだろう。


 優人はまたしてもため息をこぼしつつ、自分のすぐ隣、ぴんと背筋を伸ばした品のある姿勢で列に並ぶ雛を盗み見た。


(今さらだけど、なんか普通に二人で初詣に来ちまったな……)


 事の起こりは昨日の元旦、滞りなくやって来た電気屋さんに雛の部屋のエアコンを修理してもらっている間、雛は一旦優人の部屋に避難していた。

 その時に雛から、初詣に当たってこの近辺の神社の有無についてを聞かれ、色々と質問に答えている内に二人で行く流れになったわけだ。


 どうせ同じ場所に行くのだからと思って優人は何気なく提案したし、雛も「ならお願いします」とほぼ二つ返事で頷いていた。

 けれど、本来なら一緒に来る必要なんてなかったはずだ。

 エアコン修理という用事があった雛はともかく、ぶっちゃけ一日中暇だった優人は元旦に初詣を済ませてもよかったし、何なら今までは毎年そうしていた。


 なのに、自然と雛に予定を合わせる形を取ってしまい、こうして二人で肩を並べているのが現状だ。

 自分でも気付かない内にそういった考え方をするようになったこともだが、雛が当たり前のように付いてきたこともまた、改めて意識すると妙にむず痒い。


 ゆっくり進む参拝の列と違ってどうにも落ち着かない自分の胸中をなだめていると、雛がくしゅんと可愛らしいくしゃみをした。


「大丈夫か?」

「はい、ちょっと寒いかなって程度なので」


 ポケットティッシュで鼻をかんだ雛が空を仰ぐ。つられて優人も見上げると、先ほどまで顔を出していた太陽は雲に隠れてしまっていた。

 太陽の光が降り注いでいる分にはまだいいが、今みたいに日陰になってしまうと途端に寒さを覚えてしまう。寒がりの雛には特に堪えるだろう。


「もう少しだけ辛抱な。甘酒売ってる屋台とかあるから、これが終わったらそこにでも行こうぜ」


 そう言いながら、懐から取り出した使い捨てカイロを雛に押し付ける。

 表情を和らげて「ありがとうございます」と受け取る雛だったが、優人の言葉に何かを引っかかるものを覚えたのか、わずかに眉を八の字に寄せた。


「甘酒……」

「甘酒がどうかしたか?」

「いえ……甘酒って飲んだことないんですよね」

「え、一回も?」

「はい。ほら、名前に酒って入ってるから、変に躊躇してしまって……」

「真面目か」


 確かに酒という名称にこそなっているが、未成年が飲んでも問題ない合法的なものだ。

 ここの屋台で販売しているものは米と米麹で作られているからノンアルコールだし、仮に酒粕から作られていても含まれるアルコールなんて微量なもの。

 クリスマスのスイーツビュッフェ店では洋酒漬けのフルーツを混ぜたパウンドケーキも問題なく食べていたのだから、悪影響を及ぼすこともないだろう。


「どうする? 普通にあったかいお茶とかもあるけど」

「……甘酒、飲んでみたいです」

「了解。なら俺が奢るよ」

「いいんですか?」

「デビューを記念した初回特典だ。遠慮すんな」

「……じゃあ、ご相伴に預かりますね」


 嬉しそうにはにかむ雛。

 甘酒一杯の値段なんて大したことない。その見返りがこの表情だというのなら、むしろ貰い過ぎなぐらいだろう。


 雲が流れて再び太陽の光の恩恵を受ける中、雛は優人から貰ったカイロを大事そうに抱えているのだった。

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