第37話『君に決めた』
「あの、先輩? 私が贈りたかっただけの話なので、別にお返ししてもらうことは……」
「ダメだ、俺だけ貰って終わりは納得できない」
「でもお店でご馳走してもらいましたし……」
「俺が金を出したわけじゃないからノーカン」
「……もう」
駅前まで戻って隣接した大型デパートに入るや否や、背後からほんのり呆れた呟きと微かなため息が聞こえた。
閉店時間の都合でゆっくりショッピングを楽しむ時間こそないが、許されるかぎりは手を尽くしたい。
優人が譲らないことを察した雛は大人しく優人の後ろに付き添い、ちょうど良く視界に入ったエスカレーターで上階に上がっていく。
「先輩って律儀ですね」
途中で雛がそんなことを言ってくるが、優人からしてみれば彼女の方がよっぽどそうだ。
お世話になったことへの感謝の気持ち、ということで頂いたクリスマスプレゼント。確かに今年は色々と世話を焼いた自覚こそあれど、その度に雛からもお礼なり手料理を振る舞ってもらうなりの見返りはあった。
そもそもが半ば自己満足だった身にとってはそれで十分だというのに、こうして改めて形に残るものを贈られもすれば、その気持ちには身銭を切って報いたくなるのが優人の心情だ。
……まあ、その資金源だって元を辿れば親が振り込んでくれた生活費からなので、胸を張れるかどうかは微妙なラインなのだが。
頭の片隅で真剣にアルバイトについて考えていると、女性向けの店舗が集まった目的の階に辿り着いた。
「空森、何か今欲しいものとかあるか?」
「……んー、急に言われてもぱっと思い付くものは」
エスカレーターを下りてすぐ近くにあったフロア案内図を見て、雛が悩ましげに首を捻る。
本当なら優人が頑張って選ぶのが正しい姿だとは思うが、さすがに贈りたい相手を前にして選ぶのは些か苦しいものがある。相手に選んでもらうというのもプレゼントの一つの形なので、今回はその方式を取ることにした。
案内図だけを見てもイメージが湧かないだろうと思い、二人でフロア内の店舗をぐるりと回り始める。
「例えばあれは? ブランドのバッグとか」
「正直興味ないです。見た目にこだわりがないとは言いませんけど、どちらかと言えば機能面や使い勝手を重視したいですから。……というか先輩、仮に私が欲しいって言ったら買ってくれるんですか?」
すうっと遠い目をした雛がとあるショップの店頭に展示してある商品の値札を指し示し、それを見た優人の頬がひくっと引き
『WINTER BIG SALE!』と銘打たれて通常よりも安くなっているくせに、二の足を踏むどころか即座に回れ右して戦略的撤退を図りたくなるほどの金額が君臨していらっしゃる。
ブランド品の相場なんて知らなかったとはいえ、数秒前の自分はなんとまあ身の程知らずな発言をしていただろうか。
あきらかに腰が引けている優人を見て、雛はくすくすと鈴の音を転がしたような笑い声を奏でた。
「心配しなくても欲しいなんて言いませんよ。さっきも言った通り興味ありませんし、こんな高価なものは恐れ多くて逆に受け取れません」
「そうか……正直助かる。学生でこれは……うん、無理だ」
「大人でもぽんと買えるレベルじゃないと思いますけどねえ。……でも、それだとどうしましょう? すぐには決まりそうもないですし、また後日とか――」
何気なく周囲を見回した雛の言葉が、不意に途切れる。
その直前に雛が視線を送った先、それを見逃さなかった優人が視線を辿っていくと、少し離れたところに女性向けのファンシーショップがあった。
「あそこに行ってみるか」
「え、や、あの」
「ほら」
若干しどろもどろな雛を連れてその店舗に向かう。
何が雛の興味を引いたかにはすでに察しがついていて、店頭のワゴンでこんもりと山を作っているそれらの前に立ち、優人は雛を見ながら顎をしゃくった。
「これが欲しいのか?」
飼い主募集中! そんな宣伝文句が大々的に謡われているのは、うつ伏せの犬をモチーフにしたぬいぐるみだった。
全長50センチほどの寸胴型ボディにちょこんと生えた両手足と尻尾。細かな布パーツを縫いつけることで表現された顔付きは庇護欲を誘い、同じように見えてどこか違った表情を覗かせている。
種類は白犬や黒犬、茶虎、ぶち模様など様々に用意されていて、新たな
試しにその中の、どことなくふてぶてしい目つきの悪さにちょっとシンパシーを感じた灰色の一匹を手に取ってみると、触り心地が良くて見た目以上にもふもふとしている。
きっと抱き締めたら気持ちいいのだろう――優人だと絵面に問題がありそうだからやらないが――と思いながら雛を見ると、ワゴンから二、三歩下がった位置でこちらの様子を窺っているだけだった。
何を躊躇っているのかは知らないが、少なくとも気になっているのは確かなはずなので、優人の方から雛に歩み寄ってぬいぐるみを差し出す。
「結構もふもふだぞ? 空森も持ってみろよ」
「は、はい」
まるで臆病な小動物のように、おずおずと受け入れる態勢を取った雛の腕の中にぽふんとぬいぐるみを乗せてやる。
自分の腕の中にすっぽりと収まり、変わらぬ表情で見上げるぬいぐるみをしばし見つめていた雛は――やがて柔らかな笑顔を浮かべた。
あどけなく、そして可愛らしい無垢な笑顔。
そばで見ている優人の胸の奥が温かくなるような、そんな笑みだった。
プレゼントは決まりだ。
「それにするか?」
「あ、でも、あの……」
「遠慮しなくていいぞ? これを買うぐらいの甲斐性ならあるって」
値段なら十分許容範囲だし、仮に予算オーバーでも無理して買ってあげたくなるぐらいの価値がある。
だから心配ないと笑って告げるのだが、雛はもにょもにょと唇を結んだ。
「遠慮とかではなくて……その……高校生にもなってこういうぬいぐるみって、子供っぽいって思いませんか?」
「そうか? 女の子らしくて俺はいいと思うけど。可愛くて似合ってるし」
確かにぬいぐるみ自体は幼い子供向けの商品だと思うが、雛を馬鹿にする気持ちなんてこれっぽちも湧いてこない。
どちらかと言えば大人びた外見と雰囲気の雛が、可愛いぬいぐるみを持って年相応――いや、むしろより幼げな愛らしい表情を浮かべる。
可愛い
「そ、そうですか……。じゃあ、この子を連れて帰りたいです」
「了解。あ、でもそいつでいいのか? 他にもうちょっと愛想の良さそうな顔してる
奴とかいるけど」
雛が持っているのは優人がほぼ直感で選んだ一匹だ。どうせなら雛の好みのものを選んでもらった方がいいだろう。
「いえ――」
優人の問いに、雛はふるふると首を横に振った。
ぬいぐるみをじっと見つめ、それから優人のことを見つめ、最後にまたぬいぐるみに視線を戻して、雛はふわりと落ち着いた微笑みを見せた。
「この子が一番気に入りました。それに先輩からのクリスマスプレゼントなんですから、先輩が選んでくれたものがいいです」
「……おう、分かった、じゃあ、そいつ買ってくる」
「はい、お願いします」
雛からぬいぐるみを受け取って、レジへ向かう。
「…………」
頬が熱くて、心臓がどくどくしてる。
何なんだこれは。
嬉しいような、恥ずかしいような、色んな気持ちが複雑に混ざったようでよく分からない。
けど、それがなぜか心地良くもあった。
結局その正体は掴めないまま、会計を済ませて雛の下に戻る。
ぬいぐるみにはリボンで簡単なラッピングを施してもらい、店舗のロゴが入った紙袋に入れて雛に渡す。
「……えへへ、可愛い」
紙袋の中を覗き込んだ雛が幸せそうに笑ってくれる。
その笑顔だけで十分過ぎるぐらいの報酬なのに、雛は緩やかな弧を描く唇で次の言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます。この子、大切にしますねっ!」
クリスマスイブ最後の用事は、彼女のそんな約束で締めくくられるのだった。
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