第36話『頑張り屋さんからの贈り物』

「先輩……これ、受け取ってもらえませんか?」


 そう言われた後に差し出されたのは、今日のお出かけの当初から雛が大事そうに持っていた紙袋。何の前触れもなく目の前に突き付けられたそれに、思わず優人の目は点になる。


「……それは?」

「クリスマスプレゼントです」

「え、俺に?」

「この状況で他に誰がいるんですか」


 呆れたように瞳を細めた雛が呟く。

 確かにその通りだとは思うのだが、優人にとってこの状況を素直に受け止めるにはあまりに予想外過ぎた。


「ひょっとして、サプライズとかお嫌いでしたか?」

「いや、そういうわけじゃない。もちろん嬉しいんだけど……俺、何も用意してないぞ?」

「いいんですよ、今夜は美味しいお店に連れてってもらえただけで、十分過ぎるぐらいですから。……それにこれは、私からのお礼の意味も込めたプレゼントなので」

「お礼?」


 言われた単語をそのままなぞった優人の問いに、雛は「はい」と淑やかな笑みを浮かべた。着飾った服装と薄化粧も合わさってか、その表情はいつもよりぐんと大人びて見える。


「先輩には今年、本当に色々とお世話になりました。だから、そのお礼としてのプレゼントなんです」

「空森……」


 目頭がじんと熱くなるような感覚を微かに覚えた。

 手を伸ばした受け取ったそれは見た目からの想像よりも軽くて、けれど不思議と重くも感じる。ここにあることが感じられる、心地良い重さだった。


「開けていいか?」

「はい」


 こくりと頷いた雛の承諾を得て、紙袋の中身をゆっくりと取り出す。

 クリスマスカラーの包装紙と金のリボンでラッピングされた長方形のプレゼントは、重量からして衣類の類だろうか。

 その正体を早く知りたいというはやる気持ちを抑えて丁寧にラッピングを解いていき、包装紙の下から現れた雪のように真っ白な不織布の袋の中に秘められたそれを、優人は目の前に広げた。


「……エプロン?」


 果たして雛からのプレゼントは、優人にとって慣れ親しんだとも言える作業着。衣類=マフラーかなと当たりを付けていた身からすると、ちょっと意外なチョイスだった。


 目を丸くした優人が雛に視線を向けると、彼女は照れくさそうに、そしてちょっと気まずそうに手で口元を隠した。


「その、今まで男の人にプレゼントをあげたことなんて、ほとんど無くてですね……先輩だったら何がいいんだろうって色々考えたんですけど、一番しっくりくるのがそれかな、と……」


 ちらちらと視線を逸らしながらの告白からは、優人のために雛がずいぶんと悩んでくれたことがありありと感じ取れた。

 その姿に、優人の口元には人知れず笑みが浮かぶ。


「……やっぱり、男の人にエプロンって変でしたか?」

「そんなことないさ」


 おずおずと向けられた問いに優人は笑って答える。

 改めて頂戴したエプロンを大きく広げて見てみれば、なかなか優人の好みに合った一品だ。

 濃紺色の、余計な装飾のないシンプルな作り。胸から膝までを覆うロング丈で、全体的なイメージとしてはカフェの店員が着ているようなものに近いか。どうやら水や汚れに強い撥水はっすい加工も施されているようなので、手入れを怠らなければ長く綺麗に使い続けることができるだろう。


 もちろん、雑に扱うつもりなんて一欠片も無い。


「ちょうど買い換えようかと思ってたし、大事に使わせてもらうよ。ありがとう」


 その言葉は、半分嘘で半分本当だ。

 今使っている方はまだ十分使えるものだけど、せっかく貰ったものを使わないなんて礼儀に欠けるし、何より優人の気持ちはすでに傾いている。

 古い方は念のための予備として保管して、明日からはこのプレゼントをありがたく使わせてもらおう。


「――はい、どういたしましてっ」


 ぱあっ、と今夜のどのイルミネーションにも負けない明るい笑顔が雛に咲いた。肩の荷が下りたように大きく息をつくところを見るに、雛にとってはそれだけ大事なことだったのかもしれない。


 自分へのプレゼントを真剣に考えてくれたことに、再び優人の胸の奥が温かくなる。


「このために寄り道しちゃってごめんなさい。そろそろ帰りましょうか」


 勢いをつけてベンチから立ち上がった雛がくるりと振り返る。

 確かにこれで用件は全て片付いただろう。けれど、優人は「いや」と首を横に振って腰を上げた。


「まだ何かあるんですか?」

「ああ、今度は俺の寄り道に付き合ってくれないか?」

「ええ、もちろん構いませんけど……」


 首を傾げる雛を連れて歩き出す。目的地は……とりあえず駅に隣接しているデパートにしよう。そこなら色々あるだろうから。


 クリスマスプレゼントは、貰うだけじゃ終われない。

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