第12話『お節介な友人たち』
「おお、どうした。今日は真面目くんだなお前」
「ほっとけ」
朝の部活を終えて教室に到着した優人を出迎えたのは、一騎からのからかいの言葉だった。
優人が鼻を鳴らしながら自分の席に着く傍ら、一騎は「似合わねえ」とからからと笑うばかり。早くも登校中の決意が揺らいで首元に手が伸びそうになるが、ここで折れたら負けな気もするのでぐっと堪える。
「なんの心境の変化だ?」
「なんとなくだよ。今日結構寒いし」
「お前どっちかって言うと暑がりだろ。式典でもねえのにそこまで締める奴いねえぞ」
「いいだろ別に。深い意味はないっての」
「どうだかなあ。エリスはどう思う?」
一騎が優人の前の席に座る人物へと声をかける。それに反応して振り返ったのは、まさしくお人形さんのように整った容姿をした少女――一騎の恋人である
日本と外国のハーフ、血としては外国人である母の方が強いらしく、緩いウェーブのかかった長い髪は透き通るような金色をしている。
そんなエリスは顎に指を当ててじっと優人を見つめる。感情の読みづらい紅い
「……好きな人でもできた?」
ダウナー気味の声音が呟いた言葉に、鞄の中から教材を取り出していた優人の動きが止まった。だがそれも一瞬のことで、すぐにその動きは再開させる。
女の勘とでもいうのか。エリスの推測は間違いではあるが、女絡みという点では全くの的外れでもないから恐ろしい。
「何でそういう話になるんだよ」
「男の子が自分の見た目を整える。そんなの、好きな女の子にかっこよく見られたいからぐらい」
「んな短絡的な
「でも一騎はそうだった。私の時は――」
「よーしストップだエリス。それ以上は言うな」
横合いから差し出された手がエリスの口を塞ぐ。塞がれてもなお、もがもがと口を動かそうとするエリスは邪魔をされて不服そうだが、一騎も譲らないのか拘束を解く素振りはない。
大柄な一騎と小柄なエリス。美女と野獣とまでは言わないが、こうして二人をセットで見ると中々にアンバランスな組み合わせだ。
そういえば一年の頃、一騎の髪型が迷走している時期があった気もするが、今はこうして恋人関係になっているところを見ると、なんだかんだ成功したと言っていいのだろう。
まあそれはそれとして、一騎が即座に待ったをかけるネタには興味があるので、今度機会があったらこっそり訊いてみよう。
「それでどうなの?」
一騎との攻防を終えたエリスが改めて尋ねる。
「どうもこうもハズレだ。好きな人なんてできてないし、特に作ろうとも思ってない」
雛自体は魅力的な異性だと思うが、それに関しては優人だけの主観というわけでもなくでなく、もはや固定概念と言ってもいい事実だ。今日の朝みたいにドキリとする瞬間はあっても、別に恋愛感情に繋がっているというほどでもない。
けれどエリスは腑に落ちないのか、なおも懐疑的な眼差しでじーっと優人を見てくる。
「なんだよ」
「そんなこと言って優人は、いつの間にかしれっと恋人を作ってる気がする」
「そいつは俺も同感だな。こういう欲が無い風な男に限ってできる時は早いんだよ」
「こんな目つきの悪い奴にそう簡単にできるかよ。女子からしてみたら怖いんだろ?」
中学時代に実際に聞いたことを思い返しながら、自分の眉間辺りをトントンと叩く。
「必ずしもそうではない。見方を返れば力強いとも言えるし、基本的に優人は顔立ちも整っている方」
「物好きな意見だなあ。でもエリスにとっては?」
「もちろん一騎が一番」
「でしょうな」
隣の一騎が誇らしげにドヤ顔をしているのを除けば、当然の意見なのでごもっともとしか言えない。
剣道部で鍛えた身体、そして逆立った髪の下にはそれに見合った精悍な顔付き。同性の目線で見ても男らしいと思うので、自分よりカッコいいと言われても納得である。
椅子の背もたれに寄りかかりながら呆れ笑いを浮かべていると、朝のホームルームのチャイムが鳴った。
「ほら、先生来るから早く戻れよ」
「へいへいっと。まあなんかあったら相談には乗るから、その時は遠慮なく言ってくれ」
「私も。優人をプロデュースするのは面白そう」
一騎が離れた自席に戻る間際に優人の背中を叩き、エリスは両手でぐっと握り拳を作って意気込むを露わにする。恋人らしく息の合った二人からの申し出を受けた優人は、「分かった分かった」とひらひらと手を振って答え、一息ついたところで苦笑を浮かべた。
まったくお節介な二人である。
優人が乗り気でない時点でこれなのだから、実際に相談した暁には本人よりもやる気になってくれそうだ。恋愛自体に興味がないわけでないが、
この通り、友人関係には恵まれているのだから。
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