第13話『料理同好会のやかましい後輩』

 一日の学業を終えて時間は放課後に。

 それぞれ部活に向かう一騎やエリスに別れを告げると、優人も料理同好会の活動へと向かう。


 先に職員室に立ち寄って鍵を借り、同好会の部室である家庭科室へ。

 施錠されたドアを開けて中へ入ると、今日はどのクラスも授業で使うことがなかったのか、乾燥した空気が優人の肌を撫でた。


 一クラス丸々入る室内に自分一人だけというのは寂しくもあるが、交友関係の狭い優人にとって、誰にも気兼ねなく使えるというのはむしろありがたい。もっとも今日はもう一人の部員も来るらしいので、一人の時間はすぐに終わるのだが。


 制服のブレザーを脱いで自前のエプロンを羽織り、まずは入念に手洗い。それも終えると、朝の時間に諸々準備しておいたものを調理台に並べていく。


 優人が今日作ろうとしているのはプリン、それもなめらかな口溶けを目指す本格的な一品だ。大体の食材の計量や使用する食器類は準備済みなので、早速調理に入るとしよう。


 最初にカラメルを作成すべく、水、グラニュー糖の順番で入れた鍋を中火にかけていると、家庭科室のドアがガラリと音を立てて開いた。


「あ、先輩お疲れーっす!」


 元気な、というよりも若干やかましい声と共に入ってきたのは、優人の後輩である一年生にして、この料理同好会のもう一人の部員――鹿島かしま小唄こうただ。


 シュシュでまとめたサイドテールの明るい茶髪に、屈託のない笑顔を浮かべる顔立ち、その中でも特に目を引く猫のようにくりっとした大きい瞳。

 着崩した制服やメイク、アクセサリーを始めとする小物など、優等生の雛や独特な雰囲気のあるエリスに比べ、実にイマドキの女子高生感がある。


 学生鞄の他に大きく膨れたエコバッグを肩にかけた小唄は、それらを調理台の上に置いて「ふぃー」と大きな息をついた。

 そのままギャル系の見た目に反してテキパキとエコバッグから取り出すのは、にんじんやごぼうなどの日持ちのする根菜類。どれもこれもスーパーで買えるありふれた食材の数々だが、その量はかなり多い。


「お前、また自分ちの飯をここで作るのか?」

「別にいいじゃないっすか、部活の活動方針には合ってますし。ウチは姉弟多いぶん、作り置きのおかずはいくつあっても困らないんで、こうして家庭科室の広いスペースを独占できるとやりやすいんすよねー」

「六人姉弟だっけ?」

「そうっす。もー最近どいつもこいつもやんちゃ盛りで大変なんすよー」


 たははと明るい表情で笑う小唄。


 以前、部活動中の世間話程度に聞いた話だが、小唄の家は母子家庭だそうだ。働きに出ている母親の代わりに家事――特に料理面は一人で切り盛りしているらしく、部活の時間にはこうして家族のためのご飯を作ることが多い。大量に作るにあたって、一般家庭のキッチンよりも格段に広い家庭科室は色々と好都合らしい。


長女おねえちゃんは大変だな」

「ほんとっすよ。まあウチはママがバリバリのキャリアウーマンなんで、金銭的にはそこまで不自由してないのが救いですかねえ。……ところで、先輩は今日何作るんですか?」

「プリン」

「また顔に似合わない可愛いものを」

「うるせえ」


 雑談しながらも小唄の手付きには淀みがない。使い込んだエプロンを着けて手を洗うと、早速包丁を手に取って食材のカットを始める。材料的にきんぴらごぼうでも作るのだろうか。


 その様を一瞥した優人は自身の手元に視線を戻し、カラメルを作り終えて作業を次の行程――プリン液の作成へと進めていく。清潔な常温の卵と卵黄、グラニュー糖を入れて混ぜていき、さらに別で温めておいた牛乳を加えてさらに混ぜ合わせる。


 そして出来上がったプリン液を一度して十五分ほど休ませるのだが、ここまでの行程で大事なのはとにかくゆっくり、泡立てないことだ。その是非が完成した際の舌触りに直結するので、優人の顔も進むにつれて自然と真剣みを帯びていく。


「せーんぱーい、ただでさえ鋭い目が余計やべーことになってますよー。ウチの末っ子だったら下手したら泣くぐらいっすよー」

「うるさい。今デリケートな作業してるんだから黙ってろ」

「ストレートにひどい! ――あ、そだそだ」


 ふと何かを思い出したらしい小唄はスマホを取り出し、背面のカメラレンズを優人へと向ける。


「何してんだお前」

「何って写真撮るんすよ、見りゃ分かるでしょ。――はっ、まさか先輩スマホで写真撮る文化をご存じない!? いくら友達少ないからってそこまで疎くなってしまわれてるとは……!」

「んなこと知ってるわ。なんで俺を撮ろうとしてるかって話だよ」

「逆になんでだと思います? はいここでビッグチャーンス! 見事正解すればあたしの作ったきんぴらを最初に味見する権利が――」

「興味ないからいいわ」

「……どこぞのソルジャー1stみたいに淡泊な反応やめてもらっていいですか? 話広がらないじゃないっすか」

「広げる気ないし」

「この人はほんともう……!」


 小唄が憤慨するように目くじらを立てる。

 まあ優人も割と雑な扱いをしている自覚はあるのだが、小唄とは自然とこういうノリが定番と化してしまったのだから仕方がない。


 その証拠にひとしきり優人に文句を言った小唄はそれで満足したのか、すぐに調子を戻してスマホを構え直す。どうやら撮るのを止める気はないらしく、ピロンと軽快な音が室内に響いた。


「実はですね、同じクラスの子から先輩の写真を撮ってきて欲しいって頼まれたんすよ」


 結局自分からネタばらししつつ、小唄がさらにもう一枚。肖像権も何もあったものじゃない。


「ちなみにお相手は女子っすよ。どうすか先輩、今どんな気持ちですか?」

「どうせなんか裏があるんだろうなあと」

「もうほんっとイジりがいがないなぁこの人は。ちょっとはどもったり鼻息荒くしても……や、想像してみたらキモそうなんでやっぱいいっす」

「勝手に想像したくせに文句言ってんじゃねえよ」


 プリン液を濾す行程が無事に終わったので調理器具を置いて一段落。ついでに好き勝手している小唄を軽く睨むと、なぜか「あ、それ、その表情いただきっす!」とやたら喜ばれた。


「結局そのクラスの子の狙いとやらは何なんだ?」

「いえね、その子は趣味でマンガ描いてるんですけど、新作の主人公のモデルとして先輩の雰囲気とかがぴったりらしいんすよ」

「へえ、ジャンルは?」

「ラブコメハーレムっす。良かったすね先輩、美少女に囲まれてウハウハっすよ」

「仮想でモテてもねえ……。というか、俺みたいのが主人公で大丈夫なのか?」

「それに関してはご心配なく。主人公、元殺し屋設定なんで」

「おいその後輩ちょっとここに連れてこい」

「イヤっすあの子に罪はありません! 悩んでるあの子に『こんな人どう?』って紹介したのはあたしなんで!」

「よーしよく白状した。じゃあ罰するべきはお前でいいな?」

「あ、今からコンロ使うんで近付かないでもらえます? 火元のそばで暴れると危ないっすよ」

「急に正論ぶつけんじゃねえっ!」

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