第8話 神話と朝ごはんと乙女の気持ち
時刻は現在10時41分——
「お待たせしました。ミノパニと深煎り豆茶のセットです」
女給さんがお皿とカップをテーブルに置く。
「ありがとうございます」
教会を出てようやく駅前に着いたあたしは、近くの
ちなみにこの店、夜は酒場に変わったりする。
(ホットドッグみたいだな、その食べ物)
ピノが言ってるのは、おそらくミノパニの事だろう。
縦に切り目を入れたパンにミノタウロスの燻製肉と葉野菜を挟んだ、この街定番の朝食だ。
(しかし、ずいぶん遅くなっちまったな朝飯)
いや、まったくだ。
まさか、くどくどと一時間も説教喰らう羽目になるとは……
そもそも異教徒だしあたし……
(そういえば、ここの宗教ってどうなってんだ?)
ふと、ピノが要領を得ない質問をしてきた。
「どうなってるって何が?」
(さっきの教会の裏口にあった聖女の絵とか、そのナントカって太陽神とか……)
「聖女トロカと太陽神ポエブスね」
(そうそれ。で、お前の信仰する宗教ってのはまた別なんだろ?)
「まあねぇ」
(それにしては、異教の神話にやたら詳しかったみたいけど)
「うん、そりゃ同じ神話だからね」
(え?)
「あたしの信仰するクロノ教ってのは、ポエブス教とは神様が違うんだよ」
(どういうことだ?)
「クロノ教は時空の女神クロノ様を主神としていて、ポエブスはクロノ様の弟なの」
(じゃあ、ポエブス教ってのは、その弟を主神にしてるってことか)
「うん、ポエブスは太陽神で昼の世界を司るから結構人気があってね。それでポエブスを主神とする宗教も存在するってワケね」
(そんな理由なのか?)
「大昔の神学者が色々と研究してて、なんでも『大地を照らし光の世界を司る太陽神が主神である』説とか『昼と夜を分かち現在過去未来全てを司る全能神クロノ』説とか色んな学説があったりしたみたい」
他にも『世界を覆う海の神』だの『全て恵みを与える大地の女神』だの色々いる。
「ただ、全ての神様に共通するのは竜を
(神様自身が竜ってワケじゃないんだな)
「そう、神様はむしろ決まった姿をしていなくて人型だったり球体だったり紐状だったりしてる」
(球体はともかく紐状って……)
「なんか『8』を横に倒した感じのやつ。ちなみにそれ、クロノ様だから」
(なんかスゲーなお前んとこの神様……)
「でも、たまに人間体の時もあるよ。お胸がバーンって感じの」
(すんませんでした! おっぱい女神様バンザーイ!)
「おい、言い方……」
(すんません……)
「まぁ、そのお胸の周りを金の紐で縛ってるんだけど、それがやはり『8』を横倒しにした形だから、そっちが本体とか呼ばれてたりもするけどね」
(あ、はい……)
ここで、ミノパニを口に運ぶ。
柔らかなパンの中で葉野菜のシャキシャキ感にミノ肉のプリッとした食感が小気味よい。そこへ塩味の効いた肉汁が口の中に拡がっていくのがまた堪らない。
(人形になってからいつも思うんだが、これは拷問か何かか?)
食事ができないピノの、いつものボヤキが始まった。
あたしは深煎り豆茶で喉をうるおし、一息ついてから再び口を開く。
「はいはい、すぐボヤかないの。後で魔力補給してあげるから」
(わかってるよ。ちょっと、うらやましいと思っただけだ)
「ごはん食べたいの?」
(そりゃあ、目の前で
「なんか人間みたいなこと言うね」
(だから、元々人間だったんだって)
「異世界のチクーの?」
(そう、地球な)
「ふーん」
(その返事は全然信じてないヤツだな……)
「だって異世界なんて行ったことないし」
(そりゃそーだ)
嘆息交じりにつぶやくピノをあたしは優しくナデナデしてやる。
「でも、ピノが人間だったら素敵かもね」
(どうして?)
「だって、食べ比べしたり色々できるじゃん」
(そうだな)
「キス……してみようかな?」
(え?)
……って、一体何口走ってるんだ。あたしは!
「うそうそ、今の無しだから!」
慌てて否定するあたし。
そこで、ざわざわと周りがこちらに注目する。
しまった、つい大声を……
「ご、ごめんなさい……」
ペコペコと周りに頭を下げてから、あたしは気持ちを落ち着かせるように豆茶のカップを口に運ぶ。
はぁ、おいしい。
コクのある深い味と鼻腔をくすぐる香ばしさが、あたしに安らぎを与えてくれる。
(チビッ子なんだから、あんましコーヒーとか飲んでると成長止まるぞ)
うるさい、チビッ子言うな。
まったく、一瞬でも「キスしてみようか」とか考えた自分が馬鹿だったわ。
(そういや、なんで「キスしよう」とか言ったんだ?)
「いや、昔話でよく『魔物とか人形の姿にされた王子様がキスすると人間に戻る』みたいな話があったから……って、口にすると恥ずかしいな、これ」
(ほう、つまり俺が王子様ってわけか)
からかうような口調で返すピノ。
「まぁ、君は王子様ってガラじゃなさそうだよねぇ」
(悪かったな)
「でも、もし人間になれるんだったら……その……」
そう言いかけて、あたしは口ごもる。
(人間になれるんなら、なんだって?)
「なんでもない。それより、そろそろ駅に行かなきゃね」
誤魔化すようにそういうと、あたしは食べかけのミノパニを頬張って豆茶と一緒に流し込む。
(ちゃんとよく噛んで食えよ)
などと、まるでお母さんみたいなことを言う
「ごちそうさま。じゃあ次の仕事行くよ」
そう言って席を立つと、あたしはピノを腰に括り付けてから、お店のカウンターへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます