第7話 時計屋の時間魔術
冷気が背中に当たるのが分かった。
(気をつけろ、ピッコリーナ! 近くに「何か」がいる)
警告するピノの声から明らかな動揺の色が伝わってくる。
ピノは「何か」と言っていた。
ということは、つまり背後に広がる闇に「何か」が潜んでいるのだろう。
そう、「誰か」ではなく「何か」が。
あたしの手は、自ずと胸元の砂時計に触れていた——
(来るぞ!)
どくんっ!
不意に未知の記憶が浮かび上がった。
来る。3、2、1……
「ミャオーム!」
闇の中から現れたその影が後ろから鋭い爪を振り上げた刹那——
あたしは一言「
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俺は、一瞬何が起こったのか解らなかった。
目の前に現れた黒い影が腕のような細いそれを振り上げたと思った次の瞬間、視界からそいつが消えたんだ。
ピッコリーナが何かつぶやいたのと同時に——
⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱
そして砂時計が光ると同時に、あたしの目の前に黒い物体が現れた。
長い尻尾を立てながら、その黒い猫は静かに着地する。
そしてキョロキョロと首を振ってから、気が付いたかのようにこちらを振り向いた。
「ミャーオ!」
今度は正面から、再び襲い掛かる黒猫をひょいっと頭を傾けて紙一重でかわす。
続けて壁伝いに三時方向から飛んでくるのを胸をそらしてかわし、更に七時方向からのをお辞儀してかわし、二時方向からのはすり足で横にそれてかわす。
(おい、こいつさっき正面玄関のトコにいた女が抱いてた猫じゃねえか。なんでいきなり襲ってきてんだよ)
さあ、よく解んないけど、多分……発情期とか?
(お前、いま適当に言っただろ?)
そんなことより、さっき避けた時に一回跳んでその分の時間が無くなってるから、今度はあっちを飛ばすよ!
壁をけりながら、黒猫が今度は勢いよく落ちてくる。が、
「
あたしがつぶやいた瞬間、砂時計が淡く光って——
そして猫が頭上から消えた。
(今、何をやったんだ?)
「ちょっと『遠く』に送ってあげたの」
(遠く?)
「うん、少し『遠く』までね」
(うーん……よく解らん)
「そんなことより時間が押してきてるから、少し巻きで行くよ」
(あ、ああ……)
あたしはまた砂時計に指を触れ、それからこうつぶやく。
「
砂時計が呼応するように淡い光を放つ。
すると、目の前にあったはずの階段が消え、入れ替わりに真ん中に大きな時計のある白い壁が現れた。
(なんだなんだ? いきなり場所が変わったぞ!)
「ここが柱時計の間だよ」
言いながら、あたしは腰のピノを正面に向けてやる。
(でけーな)
「そりゃ、教会の柱時計だからね」
(柱っつってもデカすぎやしないか? それに下に振り子だってついてるようには……)
「それはここだよ」
そう言って、あたしは大時計の足元を指す。
(下?)
「そうだよ、この下が教会の柱になってて、そこから振り子が見えるようになってるの」
(ああ、それで柱時計か?)
「そういうこと。柱の天辺に置かれて一体化してる大きな時計だから、柱時計って言われてるんだよ」
じっくりと時計を見上げながらピノに解説してあげる。
優しいなぁ、あたし。
(で、どうなんだ? 点検は出来そうなのか?)
「もう終わった」
(ああ、そっか……って、早っ!)
「とりあえず動きは悪くないけど半日ほど遅れてるかな」
あたしは首から下げた小さな砂時計を指でこする。それから、左手を時計の前にかざした。
「
すると、大時計の針がグルグルと右に回転し始めた。
初めは勢いよく回っていたが、やがてゆったりとした動きになり、最後には時針が9時の辺りでピタリと止まる。
「これで良し……と」
(終わったのか?)
「うん、一秒のズレもなくしっかり動いてるでしょ?」
(まあ確かに……って、もう9時前じゃん!)
「そうだよ。だから三階まで飛ばしてきた」
(飛ばしてか……って三階? すげぇなお前、よく一瞬で一階から移動できたな……)
「あたしは
あたしは、砂時計をぶら下げてる紐をつまみ、振り子のように揺らして見せた。
(それって、もしかしてどっかに魔術が仕込んであるのか?)
「そ、これそのものが魔術だからね」
時計の調整はもちろんのこと、さっきの戦闘や移動も全てこの砂時計を媒介に呪文一つで時間を操っていたのだ。
これが『時計屋』のみが使うことを許された近代魔術——
『
「ごくろうさまです。いかがですかな、お仕事の方は?」
そこで、声をかけて来たのは司祭様だ。
「たった今、点検と整備が終わったところです」
「なんと整備までとは、流石はこの街随一の時計屋さんですね」
「いえ、それほどでも」
まぁ、ここに来る時ちょっと
「では、あたしはこれで」
一礼して部屋から出ようとした時、司祭様が待ったをかけた。
「少しお待ちください」
「はい、なんでしょう?」
「せっかくですから、このまま礼拝していきませんか?」
「いや、でもあたしクロノ教徒なんで……」
「大いなるポエブスは、
あ、これ……善意で外堀を埋める絶対断れないヤツだ……
「あ、はい……」
あたしは諦めて首を縦に振った。
その後、みっちり一時間ひたすら
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