第5話 ギルドの受付嬢

 ギルド——それは、街ごとに置かれた商業組合。


 あたしのような『時計屋』を始め、プリジアたち『掃除屋』、『武器屋』に『運び屋』に『情報屋』など、職種ごとに依頼を回してくれる施設で、ギルド長はあたしら商人の総元締めでもある。

 しかし、誰一人としてギルド長の姿を見たことある者はいないとか。


 かつては冒険者と呼ばれていたダンジョン探索者や街の自警団に雇われていた傭兵とかに『クエスト型式』で仕事を提供していたという。

 ちなみに『クエスト』というのは、ギルドに展示されている依頼内容を見た求職者が、その番号を札に書いて「これクエスト」とギルドの受付に渡すことで契約する型式のこと。

 その名残で、商業組合となった今でも職種に応じた依頼内容を選んで受付に渡すのが慣例となっている。

 昔と違うのは、その仕組みが近代魔術モダニデマギによって半自動化したとこだろう。


 奥の方に進むと、正面のカウンターで長い金髪の女性が笑顔で手を振ってくれた。

 ギルドの受付嬢、リーチェ・ヴィ・メントさんだ。


「リーチェさん、おはようございます」

「おはよう、ピッコリーナ。毎朝時計塔の整備おつかれ様」

「いえいえ、あれは宿代替わりでやってるだけだからね」

「でも、みんな助かってるのよ。あれが壊れたらこの世界の『時間』が全部まとめて狂っちゃうから」

「そうなんだよねぇ。だから、あたしがしっかり面倒見ないと」


 ちょっと誇らしげにそう返すと、

「えらいえらい」と、あたしの頭をなで回すリーチェさん。


「もう、子ども扱いしないでよ。あたしもうすぐ十五なんだから」

「そうだったわね。あまりにも可愛いから、ついね」

「そんなこと言って、本当はあたしが小っさいからって言いたいんでしょ?」

「そんなことないわよ、ほんとに可愛いんだもん」


 そう言うとリーチェさんはカウンター越しに手を伸ばし、あたしの頭をそのたわわに実った果実に寄せる。

 鼻腔をくすぐる甘い香りとふわっと柔らかな感触に包まれて、あたしの脳が思考を放棄しそうになる。


 あぶねー、一瞬おじいちゃんが雲の上から手を振ってるのが見えた……


(やっぱユリコーンじゃねぇか! 羨ましいな畜生、ちょっとそこ代わ……)


 君は君でうるさいよ。


 などと心中でつぶやきながら、やかましいピノの鼻を摘まんでやる。


(痛てっ、だから鼻はやめろっつってんだろ!)


 だったら、あたしの脳内でいちいち騒ぐなよ。

 大体、人形ってのは無口で大人しいモノだと思うんだけど。


(悪かったな、うるさくて……)


 あたしの思考を読み取って毒づくピノ。

 不意にそこで、柔らかなお胸の感触が頬から離れた。

 この間、約1分5秒である。


「それで、今日のクエストはどれにするのかな?」


 そう言って、リーチェさんは肘をつきながら微笑みを浮かべていた。




 ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱




「えっと『教会』と『鍛冶屋』と『銃士隊』と『時刻表』で全部かしら?」


 あたしの渡した石板の番号とクエストの羊皮紙を見比べながら、リーチェさんが問いかける。


「はい、それで全部です」

「合計して、ヅコット金貨三枚とビスコテ銀貨二十五枚ね。じゃあ、ちょっと待っててね」


 リーチェさんはクエストのとは別の小さな横長の羊皮紙を取り出すと、羽ペンですらすらと何かを書き始める。


「はい、小切手。失くさないでね」

「まいどあり!」


 あたしは小切手と石板を受け取ると、羽織の裏に縫い付けてある内袋に仕舞い込む。

 胸元に砂時計の刺繍をあしらった薄紅色した長袖のやつで、あたしの一張羅いっちょうらだ。


「それじゃあ、気をつけていってらっしゃーい」

「はい、では行って参ります!」


 元気良く手を振って、あたしはギルドを跡にする。


(で、何からやるんだ?)


 時間はちょうど8時30分。


「まずは一仕事して、その後で朝ご飯にしよう」


 そう答えると、あたしはピノの頭を軽くポンポンと叩いた。

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