第3話 近代魔術と魔導革命

 かつて、魔術とは秘匿ひとくされるものであった。

 古の魔術師は同門の術者にすら手の内を明かさず、研究内容を暗号化するなどして隠していたという。


 しかし、時代は変わった。


 魔術を結晶化する技術『魔晶機関マギアクリス』の発明は、魔術の概念を根底から覆した。

 世にいう『魔導革命まどうかくめい』である。

 それから半世紀、時代はまたたく間に移り変わった。


 それまで魔術師たちが独占していた『中世魔術コムニデマギ』と呼ばれる魔術は、儀式や長い詠唱が必要で非常に手の込んだものだった。

 だが、近年発達した『近代魔術モダニデマギ』では、魔印プルサれて一言呪文コマンドを唱えるだけで誰でも発動することが可能となり、魔力は『魔石ピエトロ』という鉱石の中に蓄積され、より身近な生活の中で魔術が使われるようになった——


「——ってことなんだってさ」


 言いながら、あたしは胸元で揺れる砂時計を指でいじる。


(ラジオに電話に列車に飛行船……本当に近代化してんだなー)


「ふふん、驚いた?」


(ああ、驚きの連続だよ。俺の期待してた中世ヨーロッパ風の異世界ファンタジーとは程遠いスチームパンク世界だもんなー)


 やはり、意味不明なことを言う奴だ。


(だから、聞こえてるっての)


「だから、聞かせてんだよ。その異世界ナントカやらスチームパンツってのは良く解んないけど」


(パンツじゃねー、スチームだ馬鹿野郎!)


「それはともかく、君のいた世界ってやっぱり重い鎧着て馬とか竜にまたがって槍で突っつきあってたの?」


(なんで戦争する前提で話してんだよ? そもそも、あっちに竜とかいねーから!)


「竜がいないっ? ウッソでしょ君!」


(いや、そんな常識みたいに言われても……だいたい異世界なんだから、ここと同じ生き物がいるなんて思うなよ?)


 し、信じられない……竜がいないなんて……


(そんなにショックな事なのか?)


「そりゃそうだよ、だって竜だよ竜。この世界じゃ竜族ドラーゴといえば神の一種ともいわれる尊い存在なんだよ! それがいないって、君のいた世界って魔王にでも支配されてるの?」


(なんか色々ツッコミてーけど。「なんでそこで魔王が出てくんの?」とか、「そもそも、そんな尊い存在なのに乗り物にしてバチ当たんないのかよ!」とか……)


「だって、神族いないんでしょ? あと、神様は懐広いから背中に乗るくらい許してくれるよ」


(いや、『神族いない=魔王の世界』って発想どうなの? ていうか、一つ一つ返答するとか律儀だな)


「そりゃ、神族と対をなす存在と言えば魔族だし。あと、ちゃんと答えないと悪いかなぁって」


(とりま、神族魔族の話は一旦置いとくとして、そこまで律儀に答えなくても良いぞ。ていうか、一度に別々の話されると忙しくなるから困る)


「そういうモンかぁ」


(そういうモンだよ)


「まあ、とりあえずボチボチ今日の依頼クエストもらいにギルド寄りますかね」


(もうそんな時間なのか……)


8時だよ」


 ほどなくして、時計塔の鐘がなった。


(マジでスゲーな、お前のその体内時計。一体どうしたらそんな正確に測れるんだ?)


「なんだろうね……ずっと時計に囲まれて育ったからかな?」


(てっきり、お前の使う『魔術』と関係あるのかと思ったけど)


「無関係でもないよ。ただ、順序が逆だけどね」


(ま、それはともかく、こっちの一日が地球と同じ24時間ってのは助かる)


「どうして?」


(時間間隔がズレるとなんか気持ち悪いし、変な時間に寝ちまいそうだ)


 そういうもんかなぁ~。


 正直、あたしにはその感覚は解らない。

 ただ、時間間隔のズレを感じるような事があるならちょっと怖いかも。


 彼のいた世界も、どうやらこちらと同じ24時間のようだ。

 ただ、彼が言うには、向こうの一年はこっちよりも205日と18時間短いらしいけど。


「そういえば、ピノって人形なのに睡眠機能あるんだよねぇ。ふしぎぃ~」


(ほんとそれな、なんで睡眠だけ出来んだろうな……)


「もしかして、中の魔石の魔力保有量とかが関係してるとか?」


(魔石か……あんのかな、俺の中に?)


「多分あるよ。魔力の波動を感じるし、今も動いてるからね」


(魂が宿ってるって可能性は?)


「だとしても、その魂を封じ込める術式がそこにないと法則として成り立たないんじゃないかなぁ?」


(例の魔術の結晶化ってやつか?)


「うん、それそれ」


 そう返すと、あたしは指を軽く振る。


近代魔術モダニデマギの基本は『魔晶機関マギアクリス』だからね。錬成炉の中で術式を刻んだ石を入れて発動させ、その時に発生した魔力を凝縮して固体にしたものが魔石ピエトロ、元の石は発動と同時に消滅するから出来上がるのは純粋な魔術の結晶となる。これが魔力が尽きるまで内包された術を発動し続けるってワケさ」


(よし、まったく解らん)


「まぁ、別に魔導技師じゃないし、解んなくても良いけどね。誰でも使えるから」


(俺はどのみち身動き取れんから、意味ねーけど)


「いじけない、いじけない」


 言いながら、ドアの前にかけてるプレートを裏返す。


(いじけてねーよ)


「はいはい。さってと、お仕事お仕事」


 こうして、今日も時計屋ピッコリーナの長い一日が始まった。

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