第2話 時計塔のピッコリーナ

 ホロロギウムの時計塔は、今日も正確に針を回していく。


「うんうん、正確正確。音も位置もズレなく動いて気持ちいい!」


 などとつぶやきながら、あたしは塔の露台ろだいで伸びをする。

 このホロロギウムの街の時間を刻み続ける塔の針が動き続けるように整備する。


 それが、あたし——ピッコリーナ・テンポリスの仕事だ。


「さってと……朝が来るよ、ピノ」


 つぶやきながら、あたしは腰の布人形ピノッキーオの頭を緑のトンガリ帽子ごとポンポンと叩く。

 しかし、人形かれは何も答えず、ただされるがままコクコクうなずくだけだ。


 つぶらなボタンの瞳は左右で大きさの違う赤と青。

 人参を象った長っ鼻、朱糸あかいとでジグザグにわれた口。

 茶色の毛糸で編んだ縦ロールの髪の毛。

 全体的に愛らしいこの布人形ピノッキーオは、先日街外れのゴミ捨て場で見つけたものだ。

 たまたまゴミ山の中で、おそらく今頃は焼却炉の中だったろう。


 ほんと、あたしに感謝してほしいものだ。


 などと考えているうちに、白んでいた空が薄明るくなり始める。

 しばらくして、塀の上に光が差してきた。

 あたしは「すぅぅ」っと息を吸い込んで、それから思い切り吐き出した。


「みぃぃぃなさぁぁぁぁぁん、おっはよぉぉぉございまあぁぁぁぁぁす!」


(うるさいぞ、よく毎朝それで苦情来ないな)


「お、ピノも起きた?」


 腰の布人形ピノッキーオの頭をポンポン叩きながらたずねるあたし。


(間近でそんな大声出されたら流石に起きるわ、チビっ子)


「チビっ子言うな、ピッコリーナさんと呼べ!」


(わかったわかった、チビっ子)


 全然わかってないな、こいつ……


 呆れて嘆息しながら、あたしはまたピノの頭をポンポンする。


(あんま叩くな、うっとおしい)


「はいはい」


 布人形ピノッキーオのぼやきを適当に聞き流し、あたしは塀の向こうを眺める。

 金剛石のような目映まばゆい光が立ち並ぶ赤煉瓦の斜面を照らす。

 そして、街が目覚めの時を迎えた。



 ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱ ⌛ ⏲ ⏱



『来たる万博に向け、各国から様々な発明品を引っさげて魔導技師の皆様が続々とご来賓らいひんされております。七日後には、いよいよ中央時計塔で開会式が行われる予定です』


 ラヂオから若い女性の声が告げるのは、今度この街で開かれる予定の万国博覧会の最新情報。


「んで、このラヂオってのは『電子音波ラヂアフォノム』という魔術が語源なんだけど、木箱の中にが入ってるのよ。まさ近代魔術モダニデマギの生み出した叡智えいちの結晶だよねぇ」


(魔術の結晶化か……俺の知ってる魔術っていうのは、なんか長ったらしい呪文唱えて杖や掌から放ったりするモンなんだがなぁ)


「それは『中世魔術コムニデマギ』って昔の魔術だよ。今は使える『近代魔術モダニデマギ』が主流だからね」


(つまり、俺のいた世界に伝わる魔術は、この世界じゃもう古いってワケか)


「はいはい出ました、ピノの『実は俺、異世界から転生してきたんだー』ってヤツ」


(だ・か・ら、俺はマジで違う世界で人間として生きてたんだってーの!)


「なんだっけ、チクーのヂファンゴってトコから来たんだっけ?」


(地球の日本な。なんで、そこだけピンポイントでなまるんだよ?)


「さあ?」


 ワケの解らんピノの質問に、あたしはただ首をかしげるだけだ。


 たまに変なこと言うよな、こいつ……


(聞こえてるぞ)


言ってんのよ」


 得意げにツッコミを入れる布人形ピノッキーオのほっぺたを、あたしは指でツンツンしてやった。

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