時計屋ピッコリーナと転生人形

さる☆たま

第1話 転生したらゴミになった俺のセカンドライフ

 思えば、俺の人生はそれなりだった。


 実家は決して裕福とは言えなかったが、それでもネットが見れるくらいの環境が整った2LDKの中流家庭。

 一応それなりの大学まで行かせてくれた親には感謝してる。


 そこそこ設備の良かった実家を飛び出して、大学近くの安アパートに暮らし始めて半年。

 コミュ力もそこそこな俺は彼女こそできなかったが、趣味が幸いしてかぼっちにならずに済んだのは幸いだった。

 いつか、こんな俺でもそれなりに良い感じなキャンパスライフ送ったり、人生初の彼女が出来たり、童貞卒業したり……みたいな妄想をするくらいには幸せだったと思う。


 それなのに……


「あぶないっ!」


 俺は無我夢中で駆け出すと、その人形を持った女の子を頭から腰の辺りまでしっかり抱きかかえた。

 その直後、背中から重い衝撃と共に全身に電気が走る。

 不意に浮遊感を覚えたかと思ったら肩口からとてつもない痛みが襲った。

 それでも俺は両の腕を離さないように力を込めようとしたが、不意に意識がふわっと飛ぶ。


 そして——



 こんなにもあっけなく、大学よりも童貞よりも先に俺は



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「はーい、ここが君の転生先っすよー」


 そう言って眼鏡の事務員みたいなお姉さんが手渡したのは、何やら分厚い皮切れのような紙。


 これって、いわゆる羊皮紙ってヤツか?


 髪を後ろに束ねて化粧っ気もない顔と、めっちゃ質素で飾りっ気もない袖の大きな麻の服を身にまとい、なんか赤い宝石を首から下げているその姿に、俺は既視感を覚える。


 ああ、あれだ。

 何年かに一度、夏になると放送されるアニメで空から降ってくるヒロインが着てるやつの色違いバージョンみたいな。

 正直あのアニメ、主人公よりラスボスの方が主人公感あるよなぁ……

 ……人をゴミのように空から突き落とすようなクズだけど。


 にしても——


 このお姉さん、色気もそうだけど、やる気も全く無さ気なんだけど。


 などと考えていると、不意に彼女の口が開く。


「ああ、やる気なんてあるわけねーっすよ」

「え、何? 俺なんかしゃべったっけ?」

「いえ、心読んだだけっすよ。あーし、これでも女神なんで一応」

「女神感うっす」

「失礼っすね、転生やめて地獄行きにしちまうっすよ?」

「す、すみません……」

「一応、君は死ぬ前の『善行』が考慮されて特別に転生することを許されたっすからね。ほんとに『交安』の神様に感謝するっすよ」

「公安? なんか響きが怖そうなんだけど……」

「君の考えてる『公安』は敵国のスパイとか国に仇なす犯罪者を取り締まる秘密警察とかのたぐいっすよね?」

「違うの?」

「あーしが言ったのは交通安全の『交安』っすよ」

「紛らわしい略し方すんなよ」

「天界では常識なんすけどね。ともあれ、そんなワケで君は晴れて新たな命を速攻で授かることになったっす」


 気だるげに、その眼鏡もとい女神は告げた。


「えっと、それは感謝してます。ところで、その『善行』が無かった場合って、俺どうなってたんでしょうか?」

「さっき言った通り、普通に地獄堕ちルートっすよ」

「なんで? 俺ってそんな悪いことしてんの?」

「ていうか、人間は普通すべからく地獄堕ちルートになるんすけど」

「何その無理ゲー、人間ってだけで地獄行くとか、どんだけ人に厳しい設定なの?」

「そりゃそーでしょ、神々われわれの定めた自然の摂理を捻じ曲げて好き勝手やってんすから」

「それ俺らも同罪なの?」

「本来はっすけどね」

「じゃあ、なんで俺は? その理屈だと、俺のやった『善行』と帳尻合わなくね?」

「それは君ら人間の理屈っすよね?」


 言ってから、女神は不意に俺の耳元に口を寄せてから、こう続けた。


「神の裁量を人間如きが推し量れると思うなよ、小僧?」


 ぞくり——


 思わず、全身に鳥肌が立った。

 口調と一緒にドスの利いた声音で囁かれ、俺の呼吸が止まる——


 ——と言っても俺の肉体は既になく、霊体って言ったらいいのか、今の俺は生前と同じ姿をした立体映像のような存在となっている。

 だからこれはイメージというか、今の俺の心情を比喩的に表現したに過ぎない。

 ただ、肉体があったら実際鳥肌立ってただろうし、呼吸も止まっていただろう。


「ま、そんなワケで、君は特別に許された存在だということを理解するっすよ」

「は、はい……」

「それじゃあ、そろそろっと」


 女神は俺の前に手をかざして、こうのたまう。


日野ひの清人きよと、君はこれよりその高潔な魂を引き継いで生まれ変わることでしょう」

「はい」

「では、良き転生ライフを——」


 すると、俺の霊体からだが光に包まれ、足元から徐々に消滅していく。


 そして、俺は——



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「なるほど、君も大変だったんだね」


 うんうんと頷きつつ、あたしは目の前に打ち捨てられていた布人形ピノッキーオを拾い上げる。

 その子は所々ほつれていて、どうやら前の持ち主に粗雑に扱われていたようだ。

 可哀そうだから、あたしが拾ってあげることにした。


 まだ、その運命から救ってあげる。

 その子の『時間』は止まっていないのだから。

 少し誇らしげな気持ちになりがら、首から下げた砂時計に指で触れる。


 あたしはピッコリーナ。

 この街の『時間』を守る時計屋だから。



 このとやらは知らんけど——

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