第2話 硝煙の臭いを辿って

作戦司令室に全員が揃ったのを確認した後、最初に口を開いたのはエミスだった。


「皆既に察しはついていると思うが、新たな遠征任務だ」


やはりそうか、と永田含む何人かが大きく溜息を吐く。


その中で、第2遠征小隊小隊長のフィブルスが静かに右手を挙げる。


「何だ?」


「敢えて聞くが、此度の遠征はの要請による物か?」


市民会。


このスクランブル・シティという名の砦が築かれた時に、市民達の代表として防衛隊の少し後に設立した組織。


構成員の殆どがまだ成人にすら満たぬ人間の青少年であり、政治に関心の無い市民達が次々と席を譲ったが故の現状がある。


スクランブル・シティに民主主義国家を築き上げるなどと豪語している彼等だが、実の所彼らの主張はその全てが現実性の無い理想論ばかりで永田達のような現実をよく知る者からすれば世間知らずにも程がある集団だった。


しかしそれでも、一定の支持者を獲得出来ているのが彼ら防衛隊が恐れている所だ。


市民会は、「シビリアンコントロール」などと声高に叫びながら防衛隊の実権を掌握しようと企んでいる。


今は市長でもあるエミスが上手い事彼らを収めてはいるが、市民会の中にもエミスを市長の座から引きずり降ろそうとしている過激派もおり、防衛隊は目の上の瘤として厄介に思っていた。


「…任務は二つある」


エミスはフィブルスの問いに答えず、そう言って地図のある地点を指差す。


指差した場所にはスクランブル・シティから何㎞と離れた位置の大きなショッピングモールがあった。


「まず、前回の遠征で放棄した装甲車と中に積んだままの大量の武器弾薬と物資の奪還」


前回の遠征では、ショッピングモールでの物資調達中に想定外の敵襲を受け、止むを得ず駐車場に対戦車火器含む大量の武器弾薬と手に入れた食料などの物資を満載した装甲車を放棄して帰還してしまった。


その装甲車とはロシア軍の装軌式装甲車両プラットフォーム、クルガネツー25のIFV歩兵戦闘車型として開発された「B-11」。


現在防衛隊が所有している戦闘車両の中ではかなり状態が良い方であり、ほぼ全てのシステムが正常に動作する数少ない車両だった。


ショッピングモール突入の際は周辺より銃声に引き付けられて襲い来る魔物の群れを退ける為に投入されたが、想定外の規模の群れに襲われB-11を破壊される事を恐れた第2遠征小隊は、放棄を命じその場から即座に撤収。


お陰で市民会とその支持者からは無能と罵られ、彼らの発言権をより強める結果となった。


市民会だけでなく、史上最悪なこの遠征の結果には他の市民達も不満を抱いており、どちらにせよB-11と積荷の奪還は急務である。


「そしてもう一つが、最も不足している医療物資の調達。この二つの任務を一度にこなさなければならない」


次にエミスが指差した地点はB-11を放棄したショッピングモールよりも更に先にあるスーパーマーケットと隣接した薬局。


「…それも、市民会の機嫌取りか」


エミスの説明を聞いていた永田が呟くように言った。


「いや、医療物資は現在最優先で確保するべき…」


「薬も包帯もそれ以外も別に不足してねえよ」


「貴様…!黙っていれば何を根拠にそのような…」


「黙ってろゴミ漁りしか能が無えスカベンジャー共が」


激昂するクェラを黙らせ、永田は続けて話し続ける。


「俺はフリエン先生にはよく世話になってるんでな、欲しい物資が合ったら遠征前に必ず教えてくれる。今一番足りないのは、人員だとよ」


話している最中、エミスは彼の言葉に別に怒りも機嫌を悪くもせず、静かに彼の姿を見続け彼が話し終わった後に口を開く。


「そうか、お前は医務長のフリエニカとは親しかったな。長らく外に出ていないので失念していた」


そう言いながらエミスは頷きながら言葉を続ける。


「だが、今回は最優先事項だ。でなければならない」


エミスの目を見て、永田はすぐに察しがついた。


「まあ、確かに反市民会側の連中を失望させるのは避けたいか」


「兎に角、これより作戦の説明を行う。今まで以上の大仕事だ、注意して聞け」


==========


《西暦2047年 7月12日》


「…まさかお前が自分から志願するなんてな」


戦前は小学校の更衣室として使われていたロッカールームで、出撃の為遠征用の装備を準備しながら永田とアユラは話していた。


単眼族であるアユラは非常に優れた視力という大きな特徴がある。


その視力は何㎞も離れた人の顔の形や表情、果てには目の色や話すときの口の動きまで細かく見えるとの事だ


動体視力も人間の理からは逸脱したレベルであり、飛来した超音速の銃弾を肉眼で追跡し、形状からその弾種まで特定できるという。


しかし、いくら目が良くてもそれに肉体が着いていけず兵士としてはまだ凡人の域を出てはいなかった。


ただそれでも視力を活かした狙撃能力は並外れており、その能力を買われ防衛隊で狙撃手として働いている。


「あの時の恩を返すのがずっと夢だったんです。死体以下の肉塊同然だった私に価値を見出してくれた貴方の為に…」


そう言いながらアユラはデジタル迷彩の野戦服の袖に、肘から先が義手となっている右手を通した。


天然パーマのかかった紫陽花のような色の髪と電子防音イヤーマフに隠れて見えにくいが、左耳も丸ごと無くなっている。


「俺が知る中で、ハウンドに全身食い散らかされて生きてる程の豪運持った奴なんてお前だけだ」


「本当にありがとうございます」


彼女の大きく、そして真珠の如き輝きを持った金色の瞳で見つめられた永田は少しだけ息が詰まる。


「礼ならフリエン先生に言え。あの時、三日三晩寝ずに治癒術式掛け続けてくれたんだからな」


プレートキャリアを体に固定しながらもう一つのロッカーの鍵を開ける永田。


鍵付きのロッカーに加えて三重のダイヤルロック式南京錠によって厳重に保管されていたのは、遠征時に携行する武器だった。


プライマリーは中国のノリンコがQBZ-191自動小銃を基に開発したマークスマンライフル、「QBU-191」。


ハンドガードはM-LOK仕様になっており、フォアグリップとフラッシュライトにバイポッド、レーザーサイトが装着されている。


照準器は中国軍の国産可変式スコープ、QMK-191を使用している。


サイドアームにはシグザウエル「M17」。


普通は17発のマガジンを使用するが、永田は21発の拡張マガジンを個人で調達、使用している。


二丁の銃を点検し、身に付ける。


隣にいるアユラの装備は、韓国のS&T社が開発した「K14狙撃銃」に近接用の自衛火器として、嘗て日本の陸上自衛隊が使っていた「9mm機関拳銃」。


「NATO規格の弾薬の備蓄量が最近少なくなってきてるらしいな。中国軍やロシア軍とかの東側規格の弾薬は相変わらず掃いて捨てる程あるが…」


「ええ、お陰で優先調達物資品目に5.56mmNATO弾が加わりましたし、ただ拾い集めるだけではそのうち限界が来るかもしれません」


「第三次世界大戦開戦時の日本軍の弾薬備蓄量は悲惨だったからな、西側諸国から供与された物を除いた国内生産の弾薬は二週間足らずで尽きたそうだ」


突然背後から掛けられた声に二人は振り向く。


「フィブルス…」


「フィブルス小隊長だろうが」


フィブルス小隊長に額を小突かれた永田は、まるで鈍器で殴られたような音が鳴ると一撃で昏倒した。


==========


フィブルスの強烈なデコピンで昏倒していた永田だったが、目覚めるとそこは既にスクランブル・シティの防壁外に出た車両の中だった。


永田が乗る中国軍の多用途装甲車、CSK-181「猛士」は他の車両と車列を組み、嘗て東京と呼ばれていた大都市の跡地の中を進んでいた。


目を覚ました永田は防弾ガラスの張られた窓から外を見る。


「ここは何処だ?」


「もうすぐ船堀橋に着く頃だな」


窓を覗きながら問う永田にイェフレクが答える。


「たった1週間でもうここまで整備が進んでいたのか…道理で魔物の気配を感じねえ訳だ」


一週間前の遠征時は道路も自動車の残骸や瓦礫で埋め尽くされており、散発的な魔物の攻撃もあって通るのも命懸けだったが、現在は防衛隊によって瓦礫なども撤去。


魔物も駆逐され一匹もその姿を見せない。


何の障害物も無い新大橋通りを走り、車列は船堀橋に到達する。


船堀橋の向こう側はまだ整備が行われておらず、魔物も野放しのままである。


「江戸川区から荒川を渡る手段って、もうこの橋しか残されてねえんだよな…」


車列が橋の上を走る中、イェフレクが呟く。


「ナガタさんのご先祖様方が命を捨ててまで守り抜いた橋です。ありがたく使わせて頂きましょう」


アユラの言う通り数十年前の第三次世界大戦の時圧倒的劣勢に立たされながらも懸命に戦い抜いた者達のお陰で、この船堀橋だけは無傷とは言えないが完全な破壊は防がれた。


今や永田達遠征部隊の重要な物資調達ルートの1つだ。


橋のあちこちに撃ち込まれた弾痕や爆発の後を見ていると、永田の脳裏に自然と当時の戦いの様子が思い浮かんだ。


きっと、この橋の渡った先には逃げ惑う難民達がおり、彼らを無事に逃がす為に戦ったのだろう。


だが現状の日本の有様を見ると、その決死の戦いも無駄に終わったようだ。


「しかしまあ、日本は第三次世界大戦に巻き込まれた国の中じゃ全然マシな方だよな」


MCが使われたのは守備の固かった東北地方だけらしい。首都がほぼ原形を留めているのはその為だな」


「当時の日本の兵士達からすりゃあ、ハナから中国やロシアから舐められてた訳だからブチギレ必至だったろうが、俺達にとってはありがたい限りだ」


車列は、船堀橋を渡り終え遂に安全圏の外に出る。


《総員、全周警戒。未整備区画に入るぞ》


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