Xrossing Border
FREEdrich
CHAPTER0 One step closer
第1話 地獄の果て
ここには、二つの世界があった。
本来分かたれるべきであったそれらは偶然にも繋がり、そして再び分かたれた。
「三度目の厄災」、と当時生きていた人々は言った。
現実と非現実が混在する状況に取り乱した世界にその災厄が止めを刺したのだ。
文明の完全なるリセットは避けられたが、それでも尚希望は暗闇の奥底。
厄災を生き延びた者、そしてその子孫は自分達の住まうこの砦に最後の希望を託しながら今も生きながらえていた。
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《西暦2047年 旧日本国、東京都》
オフィスビルの一角。
そこを改造して作られた自室のベッドの上で彼は目を覚ました。
近所の廃墟となったビジネスホテルから拝借したベッドは中々に寝心地が良く、ついこの間まで社長室から拝借したソファーで寝ていた為無理して六階の自室まで持って来た甲斐があった、と思いながら立ち上がる。
テーブルに置かれているデジタル時計の時刻を確認するともう既に11時を過ぎていた。
本来ならば早朝には自室を出ていなければならないが一週間前、大仕事をこなしたが為に数日の休暇を貰っており久しぶりの昼起床だった。
起床後普段着に着替えている最中、彼の腹の虫が大きな鳴き声を上げた。
「この前の遠征の時、満足に飯なんて食えなかったからな…」
そう呟きながら財布を開けて所持金を確認しているとふと、自室の外に繋がっている扉代わりのカーテンで作られた仕切りの下に置かれている何かが入ったビニール袋に気付いた。
何が入っているのかとビニール袋の中を覗く。
中身は、ここでは高価な幾つかの肉や魚の缶詰と烏龍茶、そして申し訳程度のデザートであるチョコバーが一通の手紙と共に入っていた。
ビニール袋をテーブルの上に置き、手紙に目を通す。
〈ナガタさん、遠せいお疲れさまです。何日もたくさん魔物とたたかって生き残てきた身にはぜんぜん足りない思ますが、できるだけ高いの持って来した。よければ召し上がってください。アユラより〉
ガタガタに崩れた文字に誤字脱字まみれな内容の手紙を見て永田は静かに笑う。
「前まで平仮名しかなかったってのに、漢字も大分覚えて来てんじゃねえか」
今は仕事中であろう彼女に心の中で感謝の言葉を述べながら、缶詰の蓋を開けた。
オフィスルームの中に仕切りで囲っただけのテントの様な狭い部屋が乱立するここでは、他人の生活音や声が絶える事無く聴こえて来る。
時々誰かが室内でいかがわしい事をしている声や音も聞こえるが、それを気にする事無く昼食に集中する。
「アユラは今日は…多分監視所か」
後で訪ねて礼を言っておこうと彼女の場所を再確認しながら昼食を食べていると、自室の外から声がかかった。
「ナガタ、いるか?」
「うおっ!」
扉代わりのカーテンを押し退けて入って来たのは灰色の体毛に包まれた体の犬獣人の男、イェフレクだった。
全身体毛に包まれているので見える所は見えないのだが、こうしていきなり目の前に上裸で表れると流石に心臓が跳ねた。
「招集命令が出た。また仕事が来たのかもしれん」
「マジかよ…つい一週間前に遠征を終えたばかりだぞ」
表情を歪め、文句を垂れる永田にイェフレクは苦笑いしながら肩をすくめる。
「まあ、前回の遠征は命張った割には収穫少なかったからな、また市民会の連中がゴネてんのかもな」
「けッ、居住区の整備の手伝いもしやしねえ政治家気取りのガキ共が仕事しろってか?」
着替えを終えた永田はイェフレクと共にオフィスビルの外に出て司令部兼この街、「スクランブル・シティ」の防衛隊基地である小学校へと向かう。
大昔に爆撃だか砲撃だかで吹き飛んだオフィスビルの自動ドアだった場所を抜け外に出ると、目の前に広がったのは荒廃した世界と賑やかな人々の喧騒という奇妙な光景だった。
廃墟となり草木に浸食された建物のあちこちに人々が自らの家を作り、道路上を埋め尽くしていた車の残骸や瓦礫は全て取り除かれ代わりに、簡易的な家や屋台が立ち並んでいる。
廃ビルの間には縄が掛けられ、洗濯物が大量に干されている。
そしてその街中を喧騒で満たすのは、嘗て憎み合い殺し合った筈の人間と亜人族。
多種多様な民族、種族が住まうこの都市は正にスクランブルと呼ぶに相応しかった。
ある場所ではゴブリンが店長の小料理屋でエルフの店員が働き。
またある場所では翼人族が廃ビルに住まう人々に、己の翼を活かして食料などの物資を配達し。
またまたある場所では猫獣人の女現場監督にどやされながらオーガの土木作業員が並の重機ですら運び切れないような量の建材を担いで歩いている。
これが彼らにとっての日常。
辛くもあり、それと同時に美しくもある狂った日常を彼らは謳歌していた。
街中を満たす音、景色、匂い、感触全てを噛み締める様に感じながら歩いた二人は小学校の前へ辿り着く。
「名前と番号、所属を」
小学校の中に入る前に門の前に立っていたゴブリンの守衛に呼び止められた為、二人はいつも通りの答えを返す。
「永田哲也、番号46899、第2遠征小隊第1分隊所属」
「ラルダーネク・イェフレク、番号47521、第2遠征小隊第1分隊所属」
そう答えるとゴブリンの守衛はいつも通りにタブレット端末の名簿で確認し、問題ない事を二人に告げて通した。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「鬼ならウチの分隊長がいるだろ?種族的な意味でも人格的な意味でもな」
「それ、分隊長に会ったら伝えとくからな。きっと絞殺されるぜ」
「勘弁してくれ、女に抱かれるのは望む所だがありゃ最早プレス機だ」
そんな会話をしながら二人が止まったのは嘗て世界が荒廃する前は小学校の職員室、今は防衛隊の作戦司令室として使われている部屋。
ノックもせずに扉を開けて中に入ると、10分前にも関わらず既に何人かが立っていた。
一人は我らが第2遠征小隊第1分隊長であり小隊長の二重の意味で鬼な鬼族の女、フィブルス・エイティーク。
彼女の隣には第1遠征小隊のメンバーが全員揃っていた。
「第2遠征小隊はまだ揃わんか」
そして、地図の広げられた長机を取り囲む彼らを見渡す現代社会には似つかわしくないローブの様な紫と白を基調とした質素なデザインのドレスに身を包み、頭の両側面に大きな角を生やした女がもう一人。
彼女こそが、このスクランブル・シティの市長にして防衛隊総司令官の魔人族、ユドゥリア・ウェキーヤ・エミスだった。
「あいつら出勤時間は自分で決めるような連中だからな、もう暫くかかると思うぜ」
「貴様、市長閣下への無礼な物言いは慎めと何度言えば…」
「よい、部下の話し方一つに気をやる程私は面倒な生き方はしておらん」
永田の口調に怒りを露にした第1遠征小隊小隊長の男エルフ、クェラ・トローをエミスが片手で制する。
「はっ、出過ぎた発言をお許し下さい」
「構わぬと言っておろう。時にナガタ、目はもう平気か?」
「ああ、痛みは引いたしフリエン先生にも診てもらって異常無しだった」
「ならよい、貴様らは貴重な戦力だからな。出来れば一人として欠けるのは避けたい所だが」
その時、作戦司令室の扉が開かれ、中に第2遠征小隊のメンバーが入って来た。
「おはよーっす」
竜人族のケラーダ。
腹部を除く全身に硬い鱗を纏った彼は、人型の蜥蜴と言うに相応しい見た目の種族。
竜人とは呼ばれるが、顔はどちらかと言うと竜より普通のカナヘビやヤモリ、ワニなどと似ている。
ケラーダはその中ではヤモリっぽい。
「追加の仕事だって聞いたぜ。休日出勤の手当はちゃんと出るんだろうな?」
ハーフゴブリンのタラニ。
名前の通りゴブリンと人間の男の混血だが、ゴブリン要素としては最早緑色の肌しか残っていない。
ゴブリンは最初外界から地球にやってきた際に、地球由来の創作物のせいで理不尽な偏見を受けて差別対象となっていたが、実際は集団行動を営む分とても理性的で賢い種族である。
このスクランブル・シティ防衛隊の軍事訓練に最も早く適応できたのもゴブリンだった。
「全く、休日中に風俗店巡りにでも行こうとしてたのにまた仕事かよ」
蟲人族のヴィエ。
彼もまた名前通り虫と人が混じった見た目の種族だが、カマキリみたいな顔だのバッタみたいな足だのと各部位がそれぞれ違う虫と似ている為、最早何の虫と似ていると言えばいいのか分からない。
蟲人族の特筆すべき点としてはその圧倒的適応能力の高さだろう。
ヴィエは元々肉食の種族だったが、戦後の食糧難に対して植物や加工食品からすらも栄養を補給出来るようになる事で生き残った。
今では数少ない戦中の様子を知る人物である。
「どうせ市民会の連中が文句付けて来たんだろ。あんな役立たずの政治家気取りのガキ共、さっさと魔物に食われて死ねばいい」
翼人族のパライウ。
彼女のように通常の人間の背中から大きな翼を生やした姿のこの種族は、見た目こそ人間と変わらないが体重が同じ体格の人間と比べて明らかに軽く、大人の体格でも幼児並の体重らしい。
骨も脆い為、医療棟に行くといつも骨折した翼人族が入院している。
魔術の一つである治癒術式が無ければ今頃病床は翼人族で埋め尽くされていただろう。
防衛隊では専ら飛行能力を活かした偵察や伝令など主力部隊の支援に回る事が多い。
そしてその他大勢の隊員が作戦司令室に集結した。
「し、失礼します…」
隊員達の周りを一切考慮しない物言いには既に慣れている永田だったが、最後に入って来た彼女の姿を見て目を見開く。
「アユラ!なんでここにいやがる!?」
「言い忘れていたな、彼女は本日付で第2遠征小隊に転属となる」
「ま、待ちやがれエミス!転属なんて一体いつ…」
「つい先日だ。その様子だと、アユラからも聞かされていなかったようだな」
「も、申し訳ありません…」
おずおずと入って来たのは単眼族であり、現状最も永田と親しいと言える女、アユラだった。
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