来訪(四)
「それって──」
「はい。
見れば分かることを
「
「分かりませんか? 甘楽さんが心の支えだからですよ」
戸惑う
「
耕平には想像できなかった。たしかに、情報として薬物依存の恐ろしさは知っている。とはいっても、自分の意思で決める、他でもない自分自身の行動だ。自分自身のことなのだからコントロールできないわけがないのではないかと思える。
「自分が自分ではなくなるんです。薬やめますか? 人間やめますか? というキャッチコピーはご存知ですか?」
耕平は首を横に振った。なんともインパクトのあるコピーだとは思うが、聞いたことはない。
「そうですか。まだお若いですもんね。昔、薬物依存撲滅のコピーでそういうものがあったんです。本当にそのコピーのとおりなんです。全く別人になってしまう。人間をやめるというのは言い得て妙で、別人になってしまうんです。それもかなり悪い状態の。だから、藤堂さんは正気を保てているときにこのメモを残していたんだと思います。ほら──」
そう言って斉藤は広げた小さなメモ紙を裏返した。そこには、赤いボールペンで『耕平だけは傷つけない。耕平だけはこちら側に呼ばない。初恋は叶えない。耕平はアタシの光。初恋は叶えなければ大丈夫』と書かれていた。
「これって──」
言葉にならなかった。斉藤もなにも言わなかった。ただ、これでも信じられませんか? とその目が訴えている。
耕平は震える手を斉藤の持つメモに伸ばす。斉藤は、優しく包むようにメモを耕平の手に乗せてくれた。
「私はお二人の細かな事情を知りません。実際にどんなご関係で、どれほどの間柄なのか、本当のところは知らないんです。身元引受人のような大変な役目を私の立場から強制することも実は許されてはいません。それでも、私は友達として藤堂さんを救いたいんです。そのためには、甘楽さんの力が必要だと私は思っています」
「どうしてそこまで茜ちゃんのために……?」
「藤堂さんが、好きだから、ですかね」
あまりにもハッキリと、そして堂々と告げる斉藤の唇が小刻みに震えている。
「藤堂さんって、生い立ちはすごく大変で、きっと私なんかでは想像できないくらい辛い思いもしてると思うんです。けど、それを全く感じさせないんです。天真爛漫で、いつも明るくて。支援者という立場で接している私のことまで気にかけてくれて。人懐こく笑うんです。そうやって過ごしているうちに私も要支援者というよりも友達のように思えてしまって……」
堰を切ったようだった。
斉藤は自分と同じなのだ、と耕平は思った。
自分もそうやって茜に惹かれていった。斉藤も耕平と同じように茜の不思議な魅力に惹かれていったのだろう。
そう思うと妙な連帯感を斉藤に抱く。
「よく分かりました。ぼくに務まるか分かりませんが、その身元引受人ってやつやってみます」
自然と言えていた。期待されているような働きができるかは分からないが、耕平自身がそうしたいと思っていた。
「ありがとうございます!」
耕平の言葉を聞いて、斉藤は勢いよく頭を下げる。
「私も精一杯支援します。一緒に藤堂さんを支えましょう」
そう言った斉藤はやはり頼もしかった。耕平一人では自信が待てないが、斉藤が一緒ならやれるような気がしてくる。
「あ、そうだ。私、名刺を渡してなかったですね。すみません。改めまして、ソーシャルワーカーをしています
耕平は人生で初めて人から直接名刺を受け取った。
それは、茜が『よしかちゃん』と疎ましくも嬉しそうに呼んでいた茜の友達のものだった。
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