来訪(三)

「実は私、甘楽かんらさんを頼ってもいいんじゃないかって藤堂とうどうさんにずっと言っていたんです。お兄さんは確かに藤堂さんの心の支えでしたが、お兄さんの支えだけでは薬物から抜け出すことばできませんでした」


 斉藤さいとうの言葉から、しんの死よりも前からあかねが薬物に溺れていたことが分かる。

 ショックだった。それほど茜の置かれた環境は辛く厳しいものだったのだと思うと胸が痛んだ。


「甘楽さんならもしかしたらって思っていたんです。でも、藤堂さんも頑なで。それはしないと言って聞きませんでした。けれど、お兄さんが急に亡くなってしまって、それでどうやら堪らなくなって甘楽さんに連絡したようですね」


 耕平は、そう言われても納得はできなかった。自分が茜の心の支えであるはずがない。芯ですらどうにもできなかったのに、なにができるというのだろう。

 表情に現れていたのかもしれない。耕平の心の内を察したのか、斉藤は付け足すように言う。


「藤堂さんは、少しいじっぱりというか天邪鬼あまのじゃくなところがあるでしょ? 甘楽さんに面と向かってそんな風に言うことはなかったかもしれません。でも、間違いなく甘楽さんを頼りにしていましたし、甘楽さんは藤堂さんの心の支えでした。甘楽さんのことを話す藤堂さんを見ていたらだれでも分かります」


 斉藤は相変わらず真剣な表情で真っ直ぐに耕平を見ていた。そんな斉藤を見ていると、ここからが本題なのかもしれない、と耕平は思う。

 考えてみれば、まだ斉藤がなにを求めて耕平の元を訪れたのか聞いていない。自然と覚悟のような気持ちが湧いてくる。


「ぼくが茜ちゃんの心の支えなのかどうかは分かりません。というか、お兄さんにはどうしたって敵わないから、たぶんそんなもんにはなれないし、茜ちゃんもそんな風には思ってないと思います。でも、ぼくに何かができるならなんでもします。斉藤さんは、ぼくに何かして欲しくてわざわざぼくの家まで来たんですよね?」


 尋ねると斉藤ははっきりと頷いた。


「ぼくはなにをすればいいんですか?」


 耕平が尋ねると、斉藤は再び頷いて言った。


「藤堂さんの身元引受人になっていただけないでしょうか」


 身元引受人。聞き馴染みのない言葉だった。


「藤堂さんは重度の薬物中毒者です」


 斉藤はやや強い言葉で茜の今の状態を表現した。

 重度の薬物中毒者。

 茜の部屋で見た錯乱した茜の様子は、まさに薬物中毒者のそれだった。斉藤にハッキリとそう告げられたことで現実として、茜は薬物を乱用しているのだと嫌でも理解する。


「藤堂さんには、薬物に手を出さないように監督する人が必要なんです。監督というと偉そうで堅苦しいですね。そばで支える人と思ってください。本来はご家族がなるべきなのですが、藤堂さんの事情を考えると残されたご家族、お母様がそれに相応しいとは思えません」


 茜も母親とはあまりうまくいかなくて家を飛び出したと言っていた。折り合いの悪さがどの程度のものなのかは分からないが、茜や斉藤の口ぶりから相当深刻であろうことは分かる。


「ぼくは相応しいんでしょうか?」


「相応しいかもしれないと思ったから今日、お邪魔しました。そして、実際にお会いした今、相応しいと確信しています」


「でも、ぼくはまだ大学生で、一応成人はしてますけど……。そういうのってちゃんとした社会人の方がいいんじゃないですか?」


「先ほども言いましたが、甘楽さんは藤堂さんにとって心の支えです。そこに社会人かどうかは関係ありません。藤堂さんが心を開いて信頼できる人。そういう人にこそなっていただかなければ、薬物から抜け出すことはできません」


 相変わらず斉藤の目は耕平を真っ直ぐに捉えていた。耕平も斉藤のことを真っ直ぐに見る。

 

 斉藤にこれほど何度も断言されてなお、耕平は信じられない気持ちだった。

 あの茜が自分を心の支えにしていることなどあるだろうか。もちろん、そうであるならば嬉しいと思う。けれど、確証が得られなかった。


「甘楽さん。私がなぜ今日、ここに来ることができたか不思議ではありませんか?」


 斉藤はふっと表情を和らげた。

 言われてみると確かに不思議だった。


「たしかに。茜ちゃんから聞いた……とかですか?」


 それしか考えられない。茜に訊かれて住所を教えたことがある。


「情報の出所は藤堂さんです。でも、藤堂さんから直接聞いたわけではないんですよ」


 ならば、スマートフォンを勝手に見たのだろうか。緊急事態であれば致し方ないと思うが、あまり気持ちのいい話ではない。


「甘楽さん、藤堂さんのお宅に行かれたことは?」


 質問の意図が分からなかったが、正直に応える。斉藤は満足そうに頷いて続けた。


「藤堂さんのお宅、散らかっていたでしょう?」


「えぇ……まぁ」


「でもね、これだけは他のものと紛れないようにお兄さんの写真の前に、まるで守ってもらいたいとでも思っているようにキレイに畳んで置いてありました」


 そう言って斉藤が見せたものは耕平も見たことがある、小さなメモ紙だった。斉藤は、折り畳まれたそれを丁寧に広げて見せてくれる。

 そこには丸っこい見てすぐに女の子が書いたと分かる文字で『甘楽耕平』という耕平のフルネームと共に耕平の住むアパートの住所、それから電話番号が書かれていた。

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