誘因(二)
地図アプリを頼りに向かった
マンションのエントランスはオートロックになっていた。
茜から送られてきたメッセージには、部屋番号まで書かれていなかった。結果、耕平はエントランスで立ち往生してしまった。
メッセージを送ろうとも思ったが、電話をかけたほうが早いと思いなおして通話表示をタップする。スマートフォンを耳に当てると、すぐに茜の声が小さなスピーカーからあふれ出した。
「耕平? どうしたの? やっぱり来られなくなったとか?」
少し慌てたような声だった。心なしか息が上がっているように聞こえる。部屋の中で運動でもしているのだろうか。もしかしたらダイエットでもしているのかもしれない。
だとしたら茜には不要だ。久しぶりに会った茜は、これ以上痩せる必要がないほど痩せていた。一歩間違えれば病人かと思ってしまうほどだ。
けれど、茜の年代を考えるとそれも珍しいことではないのかもしれない。耕平には理解しがたいものがあったが、同年代の女の子はこぞって、競うように、脅迫でもされているかのように痩せようとする。
まるで体ごと消えてしまいたいとでも思っているようだと耕平は常々思う。茜がそんな女の子のうちの一人だとしても不思議ではない。
「いや、マンションのエントランスまでは来てるんだけど部屋番号が分からなくて……。何号室?」
「……あっ。そうだった。部屋番号、教えてなかったね。三〇五号室だよ。一回インターホン押してくれる? じゃないと開けられないから」
耕平は言われるまま、エントランスにあるパネルのボタンを三〇五と順番に押す。するとスマートフォンのスピーカーから聞こえていたのと同じ声が、今度はパネルの脇にある小さな丸いスピーカーから聞こえてきた。
すぐにウィーンという機会音とともに扉が開く。茜がなにかしらの操作をして開けてくれたのだろう。
「開いたよ。ありがとう」
「それじゃ、エレベーターで上がってきて。部屋のカギは開けておくから。勝手に入ってきちゃって大丈夫だからね」
茜はそう言うとインターホンの通話を切った。スマートフォンのほうの通話はいつの間にか切れていた。
耕平はせっかく開いた扉が閉まってしまうのではないかと思って、急いで中に入った。
エレベーターは、エントランスから右に少し進んだところに見える。耕平は少しだけ緊張しながらそちらに向かった。
三階でエレベーターを降りる。
一歩踏み出すと廊下が左右に伸びていた。どちらに行けばいいかわからずにキョロキョロと見回してみると、各部屋の案内図が見える。三〇五号室は左のようだ。
等間隔で並んだ玄関ドアの脇に掲げられたプレートを確認しながら進む。
五つ目のプレートに三〇五と書かれていた。
茜は勝手に入ってきていいと言っていたが、初めて来る他人の部屋に勝手に上がるということに耕平は
しかし、引き返すわけにもいかず思い切ってドアノブに手を伸ばす。力をこめると思ったよりも軽いドアは、音もなく開いた。
開けた瞬間からドアの向こうから甘い粘り気のある香りが耕平の鼻を衝く。不快というほどではないが、あまりいい匂いとも思えなかった。香水の匂いとも違う。
異国の匂いだと耕平は思った。
「あ、耕平? いらっしゃい! 遠慮しないで入って」
匂いの向こうから茜の声がした。玄関を入ってすぐのところがキッチンで、その奥に半開きのスライドドアが見える。茜の声はそのドアの向こうからしていた。
茜の住む部屋はキッチンとリビング兼寝室が一部屋ある、割と一般的な間取りの部屋だった。
耕平は言われるままに靴を脱いで、声のするほうへと向かった。一歩進むごとにだんだんと粘り気のある甘い香りが強くなる。
半開きのスライドドアを開け切ると、茜の姿が見えた。それと同時に例の香りも一層強くなった。
「ごめんね、散らかってて」
茜は悪びれもせずに言った。言葉のとおり、決して片付いているとは言えない部屋は、なんとなく茜が小学生のころに暮らしていたアパートの一室を思い出させ、耕平はどことなく懐かしさを覚えた。
あのアパートは煙草の匂いが充満していた。それを思えば粘り気のある香りもだいぶマシに思える。
「茜ちゃん、一人暮らしなの?」
「そうだよ。言わなかったっけ?」
実のところ耕平は茜がだれかと一緒に暮らしているのではないかと気が気じゃなかった。それが同性のルームメイトのような相手であればまだいいが、彼氏であるかもしれないと思うと胸が締め付けられるようだった。
「聞いてないよ。でも、考えてみたらそうかって感じ。茜ちゃん、一人暮らしなんかできるんだね。見たところ、掃除は……完璧ってわけじゃなさそうだけど」
耕平は内心を悟られないように、必要以上にちゃらけて応える。茜は「生意気言うなよ」とほんの少しだけ頬を膨らませた。
「なんで耕平まで
茜はふいに耕平の知らない名前を口にした。
「芳佳ちゃんって? 友達?」
「う〜ん……まぁ、友達……かな」
茜に同性の友達がいることが意外だった。
「まぁ、うるさいこと言ってくるからウザい時もあるんだけどね」
そうやって
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