からっぽ(二)
たくさんの人が同じ方向を見て立ち止まっている。暇を持て余した若者がほとんどだったが、サラリーマン風の中年男性や年配の女性、旅行で訪れたのであろう外国人の集団など様々だ。
スクランブル交差点の歩行者信号が青に変わると、止まっていた人垣は堰を切ったようにどっと動き出した。
人混みが苦手な
離れているのに、人垣が動くと耕平の周りの空気まで揺れているように感じられる。少しだけ気分が悪くなる。人に酔うというのがどういうものか分かった気がした。
『もうすぐ着くから』
というメッセージが茜から届いてから、もう十五分が経過している。
茜が遅刻することは想定内だったが、時間が経てば経つほど待ち合わせ場所はここで合っているだろうか、本当に茜はやってくるだろうか、もしや事故に遭ったりしてはいないだろうか、と不安になる。
その不安の大きさが茜に会いたいという耕平の気持ちを裏付けていた。
人混みの中に茜はいないだろうか。
最後に会った日から三年以上が経過している。もしかしたらパッと見では分からないかもしれない。
そういえば三年前に会ったときもだいぶ印象が変わっていて驚いた。
茜も同じく、もう近くまで来ているのに耕平のことを見つけられないでいるのかもしれない。耕平自身は自分の見た目が大きく変わったとは思わないが、それはあくまでも自己評価だ。誰かに確かめたことはない。そういう可能性だって大いにありうる。
耕平は自分の着ている服の特徴をメッセージで茜に伝えた。しかし、既読にはなったが返信はなかった。
ソワソワしながら人混みに目を凝らして記憶の中の茜に似た面影を探す。流れていく人の波を見ていると本格的に酔ってしまいそうだった。
一度人混みから視線を外して目頭をきつく押さえる。そして、もう一度人混みに視線を向けようと顔を上げたとき、不意に肩を叩かれた。
「可愛い女の子でも探してるの?」
振り返ると耕平と同じくらいの年頃の女の子が立っていた。
イタズラっぽい笑顔に笑窪が浮かんでいる。髪の色は薄茶色で三年前よりもだいぶ落ち着いていて、少し大人っぽくなった印象だった。でも耕平には一目見てすぐにそれが茜だと分かった。
気になることもあった。三年ぶりに会う茜は、かなり痩せたように思えた。元々、細かった手足がより細くなっている。笑窪が浮かぶ頬も心なしか
そして、三年前と変わらず腕には白い包帯が巻かれていた。
「あ、茜ちゃん。ビックリさせないでよ。近くまで来たならメッセくれればいいのに」
「久しぶりの再会なんだし、サプライズがあった方が良くない?」
「良くないよ。ていうか、こんなのサプライズにならないでしょ」
耕平はできる限り平静を装った。
内心、自分でも信じられないくらい嬉しかった。油断すると自然と緩んでしまいそうな頬。その内側を口の中で甘く噛む。
「ねぇ、ねえ。久しぶりに女の子に会ったんだよ? 何か言うことはないの?」
「言うこと……って?」
「はぁ……。耕平は分かってないなぁ。可愛くなったね、とか大人っぽくなったね、とか色っぽくなったね、とか色々あるじゃん」
茜は呆れたように腰に手を当ててため息を吐く。そんな子供っぽい仕草が大人っぽくなった見た目とミスマッチでアンバランスだった。
茜は耕平の目を覗き込むように背伸びをした。ふわりと髪の毛が風に吹かれると、不思議な香りがした。
茜の顔が近づいてくると、耕平は思わず視線を外してしまった。
外した視線の先にある短いスカートの裾から覗く太ももには、蝶のような形の痣が見える。蝶の数が増えていた。痣にしては綺麗な形の蝶。痣だと思ったそれはよく見るとタトゥーだった。
耕平が知るよりも多くなった蝶が、三年という月日の経過を感じさせた。
「まぁ、いいや。それでこそ耕平って感じだし」
「どういうことだよ」
「変わらないって、いいことだよ」
「茜ちゃんは、変わったの? 見た目はたしかに少し落ち着いたというか、変わったと思うけど」
「さぁ、どうだろうね。でも、人って変わるもんだよ。耕平みたいに変わらない方が珍しいんじゃない?」
茜は含みのあるような言い方で告げると、耕平の手を取った。触れた茜の手は驚くほど固く、そして、冷たかった。
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