距離(一)
葵は耕平に話しかけてくることはなかった。
耕平は少し寂しさを感じたが、仕方がないと割り切っていた。あの日以来続くどうしようもない居心地の悪さも仕方がないことだと考えていた。
幸いと言っていいのか分からないが、耕平と葵の交際はオープンになっていない。もしかしたら、と思うクラスメートはいるのかもしれないが、表立ってそれを言ってくるクラスメートはいなかったし、放課後真っ直ぐに下校するようになってもだれからも何も言われなかった。
けれど、仮にクラスメートから葵との関係の変化をあれこれ言われたとしても、それほど大したことはないように思えた。耕平が感じる居心地の悪さはきっと耕平の中にある
耕平と距離を置くようになった葵は、学校を休みがちになった。元々、葵は学校にそれほど価値を見出していないようなところがあった。友達を作ろうともしないし、学校にいてもつまらなそうに座っていることが多かった。成績もあまりよくない。なぜわざわざ遠方から通ってきているのか疑問に思えるほど、学校では浮いていた。
耕平との接点を
耕平は『距離を置く』という言葉の意味を考えていた。
葵は『別れよう』とは言わなかった。嫌われたのならそう言うだろう。ということは、いずれまた以前のような関係に戻ることを前提にしているのだと思える。しかし、場合によっては別れるということもあり得るのが『距離を置く』という状態なのかもしれない。別れるまでのモラトリアムなのかもしれない。
こうなる前、葵はしきりに耕平のことを好きだと口に出して言っていた。しかし、耕平の方からそれを言うことはあまりなかった。葵にせがまれても照れ臭いからと言って、口に出して言うことはあまりしなかった。
照れ臭いというのは嘘ではない。面と向かって『好きだ』と告げるのはやっぱり照れ臭かったし、あまり頻繁に口にするものでもないと思っていた。それを臆面もなく頻繁に告げる葵は、耕平にとって理解しがたかった。
けれど、今にして思う。葵に『好きだ』と積極的に告げることができなかったのは、耕平の中にある葵への思いがそれほど大きなものではなかったからなのだろう。
もちろん、葵の告白を受け入れて彼氏彼女という関係になった以上、耕平にも少なからず葵への思いはあった。ただ、その思いは照れ臭いというちっぽけな自己保身的感情に負けてしまうくらい小さなものだった。
耕平自身もそれを自覚していたが、問題ないと考えていた。交際期間が続けば自然と大きくなっていくだろうと漠然と思っていた。
茜と再会するまでは──。
意識して前方に視線を向ける。今日も葵は学校に来ていなかった。
葵の欠席を知ると、耕平はそれが自分のせいなのだという罪悪感に似た気持ちを覚えるようになっていた。
それと同時に葵のことを案じる気持ちもあった。体調を崩しているのだろうか。ただ、来たくないから来ないということであれば、いいということはないがいくらかマシだ。いくらかマシだが、来たくないという気持ちにしたのは耕平なのだと思うとやはり気持ちが沈んだ。
連絡してみようかとも思った。『距離を置こう』と言われたとはいえ、身を案じるくらいは許されるだろう。そう思いながらメッセージアプリを立ち上げては、結局閉じるということを繰り返していた。
そうやって目的もなくスマートフォンを触っていると、メッセージアプリに着信があった。一瞬、葵からかもしれないと思ったが、違った。メッセージは茜からのものだった。
『この子って耕平の彼女さんだよね?』
茜からのメッセージには短い文と共に写真が添付されている。怪訝に思いつつ写真を開く。写真には遠目に小さく女の子が写っていた。
小さくて分かりにくかったが、茜の言うとおり、葵のように見える。しかし、確信は得られなかった。葵ではないと強く思う、いや思いたくなる写真だった。
葵だと思われる女の子は、男と一緒に写っていた。遠目でも分かる。耳に大きなピアスを空けた少年。それはいつか茜と行ったバーで会った
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