罪悪感(一)
もちろん、葵ともメッセージのやり取りはあるし、頻度で言えば葵との方が多い。それに茜とのやり取りは、基本的に送られてきたものに応えるだけのものだ。耕平の方から積極的にコンタクトを取ろうとはしていない。
けれど、そんな風に考えて半ば無理やり葵の方に優位性を持たせようとしていること自体が、どこか言い訳めいていて耕平の罪悪感を煽った。
茜は何を考えているのだろう。
不思議だった。放っておいても一日に一回は、義務のように何かしらのメッセージを送ってくる。内容は大したものではないのだが、それが逆に耕平を困惑させた。
どう考えても茜と耕平は住む世界が違っていた。それは、茜に連れて行かれたバーで見た茜の友人たちを思えば疑いようもない。それでも茜は耕平との繋がりを持ち続けようとしているように思えた。
しかし、それは耕平の思い上がりなのかもしれないとも思う。そんな思い上がりもまた葵に対する罪悪感の一部だった。
耕平は茜のような人種の考え方を知らない。もしかしたら、知り合いには必ず毎日連絡をする文化があるのかもしれない。耕平に対する特別ななにかがあるわけではないのかもしれない。
「こーちゃん、どうしたの?」
上の空だった耕平の顔を葵は心配そうに覗き込んだ。
「本当にどうしたの? 具合悪い?」
考え事に没頭してなにも言葉を発しない耕平のことが本気で心配なのだろう。葵の声音は真剣だった。
耕平は、頭の中に浮かぶいろいろな考えを振り払って葵に向き合う。それなりに長い時間、葵のことを無視してしまった、と遅れて自覚する。茜と再会するまでは、まずしないことだった。
「大丈夫だよ。ちょっとボーッとしてただけ」
「ちょっとどころじゃなかったと思うけど……。本当に大丈夫? もし体調が悪いなら言ってね。もしそうなら、早く帰って休まなきゃ。無理して葵に付き合う必要ないんだからね」
「本当に大丈夫だから」
葵はなにも悪くない。むしろ、耕平のことを心配してくれているのに。耕平は少し苛立ってしまう。そんな苛立ちが表情や声音に表れていたのか、葵はそれ以上同じことは言わなかった。けれど、表情は心配そうなままだった。
「葵ってさ、ひばり台中学の出身だったよね?」
目の前の葵の顔を見ると、なぜだかふいにバーで会った翔也の顔を思い出した。葵と翔也は同じ中学の出身らしい。だからどうということはないが、なぜか無性に気になって思わず尋ねていた。
耕平が突然発した脈絡のない質問に葵は困惑したように眉を下げたが、「そうだよ」とすぐに肯定する。けれど、耕平が質問した意図や理由までは尋ねようとしなかった。
「翔也って人、知ってる?」
葵がひばり台中学の出身だということは尋ねなくとも分かっていたことだったから、耕平は葵の肯定に被せるように次の質問をする。
すると、困惑で下がっていた葵の眉がゆっくりと元に戻る。そして、目を細めて笑った。その拍子にもう一度、眉が下がる。そして、貼り付いたような笑顔で葵の表情が固まる。
「────翔也って? えっと……、なに翔也だろう。男子の下の名前ってあんまり分からないから。苗字は?」
応えに不自然な間があった。翔也の苗字を知らない耕平は、質問に質問で返されて困ってしまう。
「耳にでっかいピアスしてて、たぶん首の辺りにタトゥーが──」
「知らない」
ピシャリという擬音がぴったりな語気だった。
「いや、でもその人もひばり台で──」
「だから、知らないって!」
「同じ学年みたいだけど、本当に知らないの?」
耕平は半ば意地になって食い下がる。
耕平自身、なぜここまでしつこく問いただしているのか分からなかった。
「──ねぇ、なんでそんなこと訊くの? うちの中学は生徒数が多かったから全員のことなんか知らないって。ましてや男子のことは知らないよ。ねぇ、どうしてしつこくそんなこと訊くの?」
強い口調で問われると自然と葵から目を逸らしてしまう。
「翔也ってやつ。友達の友達なんだけど、ちょっとヤバそうなやつでさ。だから、その友達が心配で……その……どんなやつか知りたいと思って……」
自覚できるほどしどろもどろだった。
「それならそのお友達に直接訊いたらいいんじゃないの?」
「それはそうなんだけど……」
と、そのとき耕平のスマートフォンが震える。チラリと画面を見ると、茜からのメッセージを受信したことを知らせるものだと分かった。耕平は咄嗟に画面を隠してスマートフォンをポケットにしまう。
そんな耕平のスマートフォンの行方を葵が恨めしそうに視線で追う。けれど、何かを言うことはなかった。
耕平が葵と別れて茜のメッセージを確認したのはそれから二時間ほどが経ってからのことだった。
茜のメッセージは『助けて』と、ただ、それだけだった。
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