フォーリンエンジェル(二)
一緒にいる耕平は居た堪れなかった。ほとんどは耕平のことなど目に入らないのか、茜とだけ話して、去っていく。けれど、中には耕平に興味を持つ人もいた。
それもだいたいが「子どもを連れてくるな」とかそういった類のものだ。耕平は、茜だって大して変わらないのにと不満だったが、相手の人相の悪さに怖気付いて何も言い返すことができなかった。
茜の友人だという彼らは、性別も年齢も様々だった。
大人ばかりではない。耕平や茜と同じくらいの年に見える子も数人いた。彼らは、たいていが家出中の身だったり、そもそも帰る家がなかったりした。中には自分の犯した犯罪を自慢げに話すものまでいた。
言いようのない疎外感だった。耕平の周りにはいないタイプに人間ばかりだ。意図的に避けているわけではないが、普通に暮らしていれば決して交わることのない人たち。意図的に避けるまでもなく交わることのない人たち。そんな人たちに茜は囲まれていた。それがものの数分で分かった。
耕平は、代わる代わるやってくる茜の友人をただぼんやりと眺めていた。会話に参加する気にはなれないし、そもそも参加できる気がしない。仮に参加したとしても歓迎されないように思えた。
半ば諦めに似た感情を抱きながらぼんやりと茜が手を振っている先を眺めていると、耕平と似た背格好の少年がやってきた。
パッと見た雰囲気がそれまでの茜の友人とは違っていた。しかし、よく見てみると耳たぶには向こうが見えてしまうほど大きなピアスの穴が開いている。それに綺麗に着こなした真っ白なシャツの襟に隠れているが、首元にタトゥーらしきものも見えた。
見るからに不良だ。けれどピアスやタトゥーとは不釣り合いに、少年そのものはひどくか細い。その見た顔には覇気がなく病的だった。
「あ、
茜は、少年を見つけるなり声をかけた。翔也と呼ばれた病的な少年は茜のそばによると、ぼそぼそと何かを言った。茜は「もっと大きい声で話さないと何言ってるか分からないよ」と茶化したが、翔也はただうなずくだけだった。
「──翔也さ、もう彼女のこと、殴ったりしてないよね?」
唐突だった。挨拶もそこそこにだった。それまでのきさくな雰囲気を一変させるほど茜の声は鋭かった。翔也は、一瞬驚いたような顔を見せたが、予想していたことなのか、すぐに表情を戻した。あまり動じた様子はない。
「うん。あいつとは、もう別れたから」
後ろめたいのか、茜から目をそらすと短くそれだけ告げる。もうこの話はしたくないという雰囲気をあからさまに出している。
彼女を殴ったということは否定しなかった。
「あ~、うん。それがいいよ。彼女の方はよく知らないけどさ、あんたは彼女に依存しすぎだったから。まぁ、なんだ。他にいい女はいくらでもいるし、次探しな」
茜は、鋭かった声をすぐに和らげる。そして、まるで本当の姉のように翔也の肩を叩いた。翔也は少し照れ臭そうにしていたが、「分かった」と言ってはにかむように笑った。
「つか、あんたたち同い年じゃない?」
それまで自分の友人と耕平を引き合わせようとしなかった茜が初めて自分の友人の前で耕平に顔を向ける。
「そうなの?」
驚きつつも耕平が尋ねると、茜は「たぶん」と適当なことを言って翔也を見た。翔也は何も言わずに首をかしげている。耕平の年齢を知らないのだから当然だ。
「あんたたち、アタシの二つ下でしょ? 学年的にも、二つ下だったよね?」
耕平と翔也は同時にうなずく。
「やっぱり。じゃあ同い年じゃん。あんたたち友達になっちゃえば?」
茜は冗談なのか本気なのか分からない言葉をさらりと言う。なぜか嬉しそうな茜とは対照的に、翔也はめんどくさそうだった。
耕平はどう反応していいか分からず困惑してしまう。本音を言えば、友達になれるとは思えなかった。
「友達って、なろうと思ってなるもんじゃないでしょ」
耕平が言うと茜は「それもそっか」とあっさり引き下がる。
翔也の方は呆れたようにため息をついていた。耕平はその態度がなんとなく気に入らなかった。だからといってどうというわけではないのだが、耕平の方が断られたような雰囲気になっているのが不本意だった。
耕平だって、耳に大きなピアスの空いた、首元までタトゥーの入っている、彼女に暴力をふるうような男と友達になるなど願い下げだった。
「翔也って高校行ってるんだっけ?」
「今は行ってない。すぐやめた」
「マジ? ヤバいね。それじゃ、今は何してんの?」
「茜と話してる」
「いや、そうじゃなくて……。普段何してんのってこと」
「別に何も」
「ふ~ん。まぁ、ヤバいことだけはしないようにしなよ。ってか、翔也って家どこだっけ? 中学で言うとどこ?」
通った中学でだいたいの住まいが分かるということだろう。だが、それで住まいが分かるのは、ローカルな土地勘のあるものだけだ。翔也は茜と近い場所で暮らしているのかもしれない。
「ひばり台」
「あ~、あっちの方なんだ」
茜は翔也の応えに納得したようにうなずく。
翔也が応えた中学は葵の出身中学でもあった。葵と翔也はタイプ的に同じグループを形成するとは思えないが、面識くらいはあるかもしれない。
翔也と葵の意外な接点にも驚いたが、なにより驚いたのは茜が二人の出身中学を知っていることだった。翔也が応えたひばり台中学は耕平が暮らすA市からは離れている。県を跨いで東京の外れにある中学校だった。葵は東京からわざわざ県をまたいで通っている。全くいないわけではないが、珍しい生徒だった。
翔也は、それからしばらく茜とたわいのないことを話してから「じゃあ、俺もうそろそろ行くわ」と言って、茜のそばを離れていった。
耕平は、翔也と友達になる気などはさらさらなかったが、それでも店にいる人間の中では比較的マシな部類の翔也の背中をどこか名残惜しいような気持ちで見送った。
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