再会と際会(四)

 あかねが着ているのは学校指定のブラウスのようだが、その胸元ははだけているといっても過言ではない。それに、スカートは下着が見えてしまいそうなほど短かった。

 スカートから延びる細い足にある蝶のような痣が、目の前の少女が茜であることを証明していた。茜は小学生のときには隠していた足の痣を見せつけるように短いスカートを翻す。


 痣と笑窪の他、茜に小学生の頃の面影はなかった。右側にだけできる笑窪と蝶のような痣がなければ、茜だと言われても信じられなかったかもしれない。

 耕平こうへいは、なにを話していいのか分からなかった。お礼を言ったきり黙っている耕平を茜の方も黙って見ていた。

 

「茜……お姉ちゃん」


「──あッ、その呼び方。なつかしいんだけど!」


 根負けするように思わず子供のころと同じ呼び方で呼ぶと、茜は笑った。また、右側にだけ笑窪ができる。


「つか、ひさしぶりじゃんねッ。どうしてたの? ──って、それは耕平のセリフか。それにしても、耕平大きくなったね。あの頃はこんなにちっさかったのに」


 茜は自分の臍のあたりに手を掲げる。大げさに言っているのだろう。そこまで小さくはなかった。


「そんなに小さくなかったよ」


 耕平が言うと茜は「だねッ」と言ってまた笑った。

 茜の耳には大きなピアスが揺れていた。蝶の形をしたそのピアスは、茜の痣の形にそっくりだった。


「元気だったんだね」


 耕平が言うと茜は妙な間のあとで気まずそうにうなずいた。

 

 聞きたいことはたくさんあった。どれから聞けばいいのか分からないくらいたくさんあった。もし会うことがあったら聞こうと思っていたことがたくさんあった。なのに上手く言葉が出てこなかった。


「耕平も元気そうじゃん。もう『お母さん、お母さん』って言って泣いてない?」


 茜は茶化すように肘でこづく。ふわりと甘い香りがした。


「元からそんなこと言ってないよ」


 まだ、気まずさはあったが、少しずつ小学一年生のころに戻っていく感覚があった。


「耕平さ。彼女とかできたの?」


 たわいもない会話の中で、ふいに茜が言った。「いるよ」とすぐに応えることができなかった。しかし、茜は顎に指を当て目を細めて


「あ〜、その反応は……いるね?」


 と言った。耕平は僅かに動揺したが、よく考えてみるとなぜ素直に『そうだ』と言えないのか分からなくなった。そして、観念したようにうなずく。


「そっか〜、あんなにちっさかった耕平くんに彼女ができましたかぁ〜。それで、どんな子なの?」


 茜は興味津々だった。身を乗り出すように、グイと一歩耕平に近づく。顔にはしっかりと化粧が施されていた。


「普通の子だよ。真面目で、どっちかというとおとなしい子」


「真面目で、おとなしい……か。アタシとは正反対だ」


 茜の言葉はどこか自虐的なように思われた。耕平は、言い訳のように付け加える。


「でも、二人でいる時はよく笑うし、明るい子だよ」


「そっかぁ。ラブラブなんじゃん」


「いや、別にそういうわけじゃ……」


 また言い訳のようになってしまう。クラスメートにはいくら知られても構わないと思っているのに、茜には葵とのことを知られたくなかった。


「いいから、いいから」

 

 茜はしみじみとうなずいている。そんな茜を見て、茜の方はどうなのだろうと思った。茜は彼氏がいるのだろうか。

 ついさっき耕平に絡んできた男がもしかしたらそうなのかもしれない。

 嫌だな、と思った。それが茜に彼氏がいること対する思いなのか、あんなロクでもなさそうなやつと付き合ってることに対するものなのか、耕平にも分からなかった。


「そうだッ! 耕平さ、スマホ持ってるよね?」


 突然話題が変わる。そんなところはあの頃と変わっていなかった。


「持ってるけど……」


「なら、メッセ交換しようよ。また、昔みたいに遊ぼッ。流石に探偵ごっこはしないけど」


 探偵ごっこ。小学生の頃、茜とやった遊びの一つだ。耕平は茜がそれを覚えていることが嬉しかった。


 茜に言われるままスマートフォンを操作して連絡先を交換する。じわりと葵に対する罪悪感を覚えたが、気にしないふりをした。


『これ、アタシだから』


 短いメッセージがスマートフォンに届く。茜の方を見てうなずくと、茜は「よろしくね」と手を振った。耕平の方も何か送った方がいいのかと考えていると、後ろの方で耕平を呼ぶ声があった。


「こーちゃ〜ん! 待たせちゃってごめん。女子トイレすっごい混んでて……」


 振り向くと葵がいた。顔を隠すように前髪を撫でながら小走りにやってくる。その歩調は耕平と茜に近づくにつれて、遅くなった。


「こーちゃん……? その人、だれ?」


 葵は耕平のすぐ脇に立つとしがみつくように耕平の腕をとった。警戒したような声とともに、その行動はまるで、これは自分のものだと主張するかのようだった。


「あ、えっと……同じ小学校の友達」


 嘘ではない。けれど、なんとも言えない罪悪感が胸に湧く。


「耕平、もしかしてこの子が?」


 茜は悪戯っぽい笑みを浮かべながら耕平と葵のことを交互に見比べた。


「あ、うん。彼女の葵」


「やっぱり!? カワイイ子じゃ〜ん! 大事にしないとダメだよ」


 耕平の友達にしては派手すぎる茜のことを葵は困惑気味に眺めていた。


「それじゃ、アタシはお邪魔みたいだからそろそろ行くね。そいじゃ」


 そう言うと茜はあっけなく去っていった。耕平はその背中を名残惜しいような気持ちで見ていた。


「こーちゃん」


 茜が見えなくなってから葵が口を開く。


「葵たちも行こうか」


 意図的になのかは分からないが、葵は茜が歩いていった方とは逆の方へ歩き始める。耕平は慌ててその横に並んだ。


「こーちゃん、ちゃんと葵のこと彼女って言ってくれたんだね」


 葵は耕平の顔を見ずに言った。耕平は曖昧にうなずくことしかできなかった。

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