再会と際会(三)

 一番大きな駅ビルを一階から最上階まで見て回ったところで、休憩しようということになった。

 ずっと歩き詰めでトイレにも行っていなかった。お互いに言い出せずにいたのだが、生理現象には勝てない。耕平こうへいの方が先に「トイレに行きたい」と申し出ると葵も恥ずかしそうに「葵も……」と言った。そして、「トイレに行きたいことくらい言い出せないと、いつか死んじゃうよね」と言って笑った。


 耕平が用を足して戻ると葵はまだそこにはいなかった。何をするでもなく手持ち無沙汰になった耕平は、ボーっと辺りを眺めていた。

 ふと、派手な色が視界に入る。なんだろうと思ってよく見てみると、派手な髪色をした耕平と同年代の男たちがいた。数人で歩くそのうちの一人と目が合う。

 目が合った瞬間、まるで予定していたかのように派手な髪色の集団は、にやにやしながら耕平めがけて一直線に向かってきた。


「おい、てめぇ! なに見てんだよ? 俺らがそんなに珍しいか?」


 声が届く範囲にやってくるなり、集団の一人ががなった。リーダーらしき金髪の男は、ポケットに手を突っ込んだまま腰を落として耕平の顔をわざと見上げるようにして睨みつける。

 耕平は一瞬きょとんとしてしまった。見てたと言われるほど長い時間見ていたつもりはなかった。


「いえ、そんなことはないです。不快に思ったのなら謝ります。すみません」


 咄嗟に出た言葉にしては、上出来だったと思う。しかし、金髪の男は耕平の言葉に耳を貸すことなく、胸倉をひねり上げた。まっすぐ立つと金髪の男の方が耕平よりも少しだけ背が高かった。


「お前、舐めてんだろ! 殺すぞ! あぁん!?」


 耕平の額が金髪の男の額に触れる。男と顔を近づける趣味はない。不快だったが、余計なことは言わないでおこうと思った。

 耕平を取り囲むようにして、金髪の男の仲間はへらへらと笑っていた。「おいおい、やめとけよ~」という声をあげた者もいたが、最初から止める気がない。

 明らかに絡むのが目的だった。きっかけはなんでもよかったのだろうし、別に耕平でなくてもよかったのかもしれない。たまたま耕平が一瞬視線を向けたことが彼らに理由を与えてしまった。


「おい、こら! なんとか言えよ」


 金髪の男は耕平の首元をさらに引き絞る。「うっ」と息が詰まった。耕平は、どうしていいか分からなくなっていた。謝る以外の手立てが思いつかない。けれど、いくら謝ったところで金髪の男は耕平を解放しそうになかった。

 おそらく自分は殴られるのだろう。耕平がそう思ったとき、金髪の男の背後にゆっくりとこちらに近づいてくる少女の姿が見えた。


「あれ? 和弥かずや?」


 少女は、耕平の胸倉をつかむ男に負けないくらいの金色の髪をなびかせていた。金髪の男のすぐ後ろまで来ると、少女は男を気安く『和弥』と呼んだ。

 状況的に一人増えようと二人増えようと大差ない。

 

 ふと葵のことを思い出して、女子トイレの方へと目を向ける。まだ葵は出てきていないようだった。耕平は葵が戻る前に開放してほしいとそれだけを祈った。カッコ悪いところを見られたくないからではない。こんないざこざに葵を巻き込みたくなかった。


「おい、なによそ見してんだよ! マジで舐めてんな! 一発殴んねぇと分かんねぇのか? あん?」


 男の声がすぐそばで聞こえる。


「和弥ちょっと待ってッ! あんた……ひょっとして……耕平……?」


 少女の声が割って入る。名前を呼ばれた耕平は驚いた。耕平の方に心当たりはない。

 少女は学校の制服をかなり着崩していた。耕平の知らない高校の制服だった。この辺りではあまり見かけない制服だ。

 知らない高校だが、放っておけば非行や犯罪に走ってしまう少年少女の受け皿となっている高校なのだろうと容易に想像がつく。

 少女の声を合図に男の手が少しだけ緩む。その拍子にスッと喉のしまりが解けた。

 少女は金髪の男を押しのけるようにして耕平の顔を覗き込む。記憶を辿っているのか表情は少し険しい。しばらくの間耕平の顔をジロジロと眺めてから、パッと顔を輝かせた。


「やっぱり!! 耕平じゃんッ!! ひさしぶり~!」


 耕平の方は無反応であるにもかかわらず、少女は確信を持ったようだった。よほど嬉しいのか、満面の笑みを浮かべる。その拍子に右の頬にだけ笑窪ができた。


「アタシだよ、アタシ! あかね。小学生のとき遊んだじゃんッ! もしかして忘れちゃった?」


 耕平はさっきとは比べ物にならないくらい驚いて目を見開いた。もう会うことはないだろうと随分に諦めてしまっていた茜が今、目の前にいる。


「──ってか、こんなところでなにやってんの? もしかして、こいつに絡まれてた?」


 状況を察した茜は、金髪の男に耕平を解放するように言った。金髪の男たちは驚くほどあっさり茜の言うことに従った。男たちは茜の友達のようだった。


「ありがとう……」

 

 なんとなく気まずくて視線を落とすと、正規のものよりだいぶ短く加工されているであろう制服のスカートがある。その裾から延びる足に蝶のような痣が見えた。

 小学一年生の夏以来、会うことのなかった茜。あのとき綺麗だと思った痣は、変わらず綺麗だった。

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