再会と際会(二)

 B駅の改札を抜けたところには、大きなモニュメントがあった。あおいは石像のような無表情でそのふもとに立っていた。

 いつも学校で見る制服と違って、全身を黒とピンクで統一したファッションに身を包んでいる。ピンクのブラウスの襟元はふわふわのレースがあしらわれ、黒いハイウエストデザインのスカートには大きなリボンの装飾があった。どこか現実感の薄い見た目の中で、手に持ったプラスチックのカップだけが、妙にリアルに感じられる。


「あ、こーちゃん。やっほーっ!」


 葵は耕平こうへいを見つけるとそれまでの無表情が嘘のように顔を輝かせて手を振る。耕平も控えめに手を振りかえした。


「ごめん、待たせちゃった?」


 約束の時間まではまだ少し余裕があった。いつからそこで待っていたのだろう。葵が手に持った透明なプラスチックカップの中身はもうほとんど残っていなかった。


「ううん。葵もさっき来たところ」


 待たせてしまったのなら申し訳ないと思ったが、葵自身が気にしていないようなので耕平も気にしないことにする。


「どこに行こっか?」


 葵はいつもよりもテンションが高かった。耕平の横に並ぶと、しがみつくように耕平の腕に自分の腕を絡める。肘のあたりに柔らかい感触があった。下校時はせいぜい手を繋ぐ程度だったから、耕平は少し面食らった。それと同時に頬が赤らむ。


「と、とりあえず、ぶらぶら歩いて回ろうか」


 土曜日の繁華街は人出が多かった。B駅前の繁華街は家族で訪れることこそあったが、それ以外でやってくるのは初めてだった。

 

 あまり人混みが得意ではない耕平は、ややうんざりしながら、葵に引っ張られるように繁華街を歩いた。

 葵に連れられて色々な店を見て回る。立ち寄る店はもっぱら葵の見たい店だった。

 

 葵は、最初のうちはしがみつくように腕を組んで歩いていたが、いつの間にか前を歩いて耕平の手を引いている。葵は人混みに慣れているのか、その足取りは軽やかだった。すいすいと器用に人の波をよけて歩く。

 耕平は葵の作った道しるべに従って歩くだけだった。葵についていくのがやっとだった。


「こーちゃん、あそこ入ろう!」


 いくつかの店に立ち寄った後で葵が指差したのは駅前で一番大きなビルだった。若者をターゲットにしているのか、入り口には流行りのアイドルグループが写ったパネルがデカデカとディスプレイされている。狙いは的中のようで耕平たちと同じくらいの年代の若者がどんどんと吸い込まれていく。

 ビルは、最近作られたものらしい。耕平は初めて見るビルだった。


 エントランスをくぐるといい香りがした。いくつかの飲食店が軒を連ねている。まだお昼には少し早いからかどの店も空いていた。

 外と同じくビルの中にも人がたくさんいたが、流れはそこまで激しくはない。前を歩いていた葵は、自然と耕平の隣を歩くようになっていた。

 そっと指先に葵の指が触れる。そして、当たり前のように指を絡ませる。


「こーちゃん。お揃いの何か買おうよ」


 ふいに葵はそんなことを言った。


「お揃いのものって?」


「うーん……本当は指輪とかがいいんだけど、お金ないし……。キーホルダーとか? お揃いのやつ鞄につけようよ」


 耕平にはわざわざ同じものを揃いで身につける理由がよく分からなかったが、特に嫌というわけでもない。世の中のカップルがそうしているのも知っていた。

 目の前の葵は、少しだけ不安そうに目を輝かせている。


 葵はいつでも目に見えない不安を抱えているようだった。今はきっと耕平が嫌がるんじゃないかとでも思っているのだろう。耕平は葵のそんな目を見ると、いてもたってもいられなくなる。常に心に不安を抱える葵を救いたいと思っていた。だから、そういう時は決まって葵が安心できる言葉をかけてやる。


「いいよ。葵はどういうのがいいの?」


「ホントに? やった!! 葵は可愛いやつがいいけど、こーちゃんも付けるってなるとあんまり可愛すぎるのもだよね?」


「そうだね。あんまり可愛すぎると付けにくいかも」


『葵の好きな可愛いやつでいいよ』とは言わない。言えばきっと葵は耕平が興味を持っていないと思うだろう。そして、また見えない不安を抱えることになる。


 葵の見つけたキーホルダーは二つあった。一つは、羽の形をしたシルバーのキーホルダー。もう一つは、紅葉の形をした赤いキーホルダーだった。

 葵はその二つを掲げて、耕平に選ぶように言った。


「こーちゃん、どっちがいい? 葵、決められないから、こーちゃん決めてよ」


 葵の指先にぶら下がって揺れる二つのキーホルダー。耕平はそれをぼんやりと眺めた。自分の鞄につけるならどちらがいいだろう。想像してみてもどちらでもいいような気がした。

 今度は葵の鞄を想像する。葵には断然色の付いた方がいい。シルバーでは味気ない気がした。葵に告白されたときのことを思い出す。茜色に染まった葵の横顔。その色とキーホルダーの色とが重なった。


「こっちの紅葉のほうにしようかな」


「ホント? 葵も実はこっちの方がいいなって思ってた」


 耕平が紅葉の方をちょこんと触って揺らすと葵は嬉しそうに言った。後出しのような気もしたが、無邪気に喜ぶ葵は本心からそう言っているように思えた。


「それ、俺が買うよ。プレゼント」


 そう言ってキーホルダーを受け取ろうとすると葵はひょいと持ち上げて耕平の手をよけた。


「ダメ。葵も買いたいし、プレゼントしたい」


 葵は目を細めて笑った。けれど、買ってもらうのは気が引ける。


「じゃあ、お互いに相手の分を買うっていうのはどう? お互いにプレゼントしあおう」


 耕平の提案を葵は素直に受け入れた。

 会計の時、葵は「すぐに付けたいので」と言って包装してもらうのを断った。キーホルダーを受け取るとすぐさま耕平の鞄に付ける。耕平の方も葵の鞄に付けてやった。


「学校の鞄に付けたかったんだけど……。でも、今すぐ付けたかったから。家に帰ったら付け替えないとね。こーちゃんも、だよ?」


 耕平は言われるがままにうなずく。忘れないよにしなければと強く記憶に刻み込んだ。

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