児童公園(三)

「なんだ? こんなチビ選んで大丈夫かよ」


 亮太りょうたが驚きの声とともに耕平こうへいをまじまじと見つめる。自分が責められているような気がして、耕平は逃げるように視線を足元へと落とした。


「まぁ、俺は有利になるから構わねーけど。じゃあ、俺はあずさにするわ」


 亮太が指名した梓は、半袖短パンにショートカットという、いかにも活発で運動が得意そうな女の子だった。やはり、体の大きさから高学年だろうと思われる。


 今更ながらに耕平は、陽と亮太が繰り広げるじゃんけんの趣旨を理解し始めていた。少なくとも亮太は確実にドッチボールで活躍しそうな子から順番に指名している。おそらくはあきらもそうなのだろう。要するにドラフトのようなものだ。


 そうなると陽から一番に指名された茜は、この場に集まった子供たちの中で一番ドッチボールが上手だということになる。上級生を差し置くほどの実力者なのだろう。その証拠に陽が茜を指名したとき、亮太は悔しそうな反応を示していた。


 しかし、ではなぜ陽は茜の次に耕平を指名したのだろう。耕平よりももっと先に指名されるべき子はたくさんいるように思えた。

 耕平は児童公園に集まった子供たちの中でもとりわけ体が小さい。最下級生だから当然といえば当然だ。 


「よし、じゃあ俺は──」


 耕平が不思議がっている間にも、じゃんけんは進められていく。


「──残ったのは雑魚だけか」


 半分以上の子供が指名されただろうか。それまでテンポよく行われていたじゃんけんが突如止まる。


「あとは、別にいらねぇんだよなぁ……。どうすっかなぁ……」


 陽はめんどくさそうに頭をボリボリと掻いた。そして、


「あ~……、めんどくさいからさ、お前ら帰れ」


 それは突然の宣告だった。


 じゃんけんを止めた陽は、まだ指名を受けてない子たちに向かって告げると、背を向けてサッサとドッチボールを始めようする。

 宣告を受けた子たちは、抵抗も反論もせず、かといってすぐにそれに従うこともせずに俯いているだけだった。残ったのは、耕平と同じくらいの低学年か、体は大きくてもあまり運動の得意そうではない子たちばかりだ。それは陽の元に集まったとき、表情の暗かった子たちでもあった。


「ちょっとっ! 陽。あんた、まだそんなくだらないこと言ってんの!?」


 そのとき、大きな声が耕平の隣で起こった。隣を見ると茜が腰に手を当てて仁王立ちしていた。年上の陽を躊躇なく呼び捨てにしている。


「あん? なんだ茜。なんか文句でもあんのか?」


 ゆっくりと振り向いた陽は、薄ら笑いを浮かべている。にやにやと笑いながら首をかしげていた。茜の言葉を本気で取り合っているわけではないようだ。呼び捨てにされたことも特に気にした様子はない。


「文句あるわよ! なんでこの子たちも仲間に入れてあげないの!?」


「なんでって。こいつら雑魚じゃん。チームに入れたってどうせすぐ当てられて外野行きだろ? で、あとはずっと外野でボケーッと突っ立ってるだけだ。ろくにボールを触ることもねぇ。そんなんこいつらも面白くねぇだろ。なぁ?」


 水を向けられた子たちは、俯いたままで誰もなにも答えない。返事がないにもかかわらず、陽は決は得たとばかりに「なっ?」と茜に問いかける。


「勝手に決めないでよ。この子たちは、そうやってあんたが脅すから、なにも言えないだけでしょうが。あんた六年でしょ? みんなで楽しく遊べるようにちょっとは考えたらどうなの?」


「なんで? 運動が苦手な奴は混ざらない方がいいだろ? 俺はドッチボールがやりたいんだ。亮太も洋輔も梓も。だったら向いてないヤツは帰るしかないじゃねーか」


 陽は心底分からないといった様子だった。俯いてしまった子たちのことを本気で考えて家に帰れと言っている。それになんの不満があるのか。と言外に表れている。


「なんでこの子たちが、あんたのやりたいことに合わせて帰らなきゃいけないのよ」


 茜の手が一番小さな女の子の肩に乗せられる。小さな顔に不釣り合いなほど大きな眼鏡をかけた女の子は、祈るように茜を見上げていた。


「ねぇ? あなたたちだって、ここで遊びたいでしょ?」


 陽に向けていたのとは違う優しい声音で問いかける。

 小さな子たちは、顔を見合わせて頷くとも首を振るとも取れない曖昧な反応を見せた。茜の言うとおり、陽が怖いのだろう。その気持ちは耕平にも分かる。


「公園はみんなで遊ぶところなの。だいたい前も言ったけど、なんであんたが仕切ってるのよ」


「うるせーな。お前は別にドッチうめぇんだから関係ねぇだろうがよ。めんどくせーこと言ってねぇで始めるぞ」


 陽はうんざりしたように茜の肩を軽く小突くと背を向けた。その瞬間──。


「よくないわよッ!!」


 叫びながら茜は陽に体当たりをした。後ろから不意に当たられた陽は少しだけ前につんのめったが、転ぶことはなく、二、三歩前によろけただけだった。


「──おい、なにすんだよ」


 さっきまでとは明らかに雰囲気の違う声が茜に向けられる。その場の全員が息を呑んで、凍りついたように身体を硬直させるのが分かった。陽の声とともに公園から一気に色が失われていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る