児童公園(二)
児童公園では、たくさんの小学生が遊んでいた。
ふいにひときわ体の大きい男の子が、ゆっくりと茜に近づいてくるのが見えた。小太りのその男の子は、きっと六年生に違いないと耕平は思い、それと同時になんだか怖いと思った。
いかにも腕力の強そうな男の子は、本人にその気はないのかもしれないが、耕平の眼には周りを威嚇しているように映った。
「おうっ! 茜じゃねーか。お前、滅多に来ないくせに今日はどうしたんだ?」
男の子は、やはりどこか威圧的に茜に語り掛ける。この公園の支配者然としていて、まるでガキ大将だ。けれど、茜に怯えた様子はない。耕平と話すときと変わらない調子で応えた。
「別にどうもしないよ。この子がここに来たいって言うから一緒に来ただけ」
そう言って耕平の頭にポンと手のひらを乗せる。温かい茜の手が髪の毛越しに感じられた。
「なんだ? このチビ」
男の子は不振そうに眉を寄せて、そして無遠慮にジロジロと耕平のことを眺め回す。歓迎されていない気がした。耕平は恐ろしくなって、俯いてしまう。
「やめなよ。怖がってるじゃん」
声とともに頭の上から茜の手の感触が消える。
心細くなって見上げると、茜は腕組みをして男の子に対峙していた。
茜の頭の先がやっと男の子の顎に届くかどうか。二人には、それくらいの身長差があった。
「このチビ、一年か?」
「そうだよ。アタシと同じ
「ふぅ〜ん、おい、お前。名前はなんてーんだ?」
変な間ができる。ややあって、自分が訊かれているのだと気がついた耕平は
「……か、
と思わず敬語で応えた。
「お前、運動は得意か?」
また間が空く。少しして、かけっこのことを訊かれているのだと分かって、
「うん。たぶん。得意……だと思います」
と応えた。耕平の応えに、男の子は心なしか表情を和らげて満足そうに頷いてから質問を続けた。
「なら、ドッチボールは? 得意か?」
「えっと……うん。得意な方……だと思う」
どちらも本当のことだった。何か習い事をしているというわけではなかったが、耕平は運動神経がいい方だった。「こうちゃんは、あっという間に一人で歩けるようになったもんね」と言っていた母親の言葉を思い出す。
男の子の表情が和らいだことで、耕平の緊張もいくらか和らいだ。自然と言葉は敬語ではなくなっていた。
「なるほど。よし、その言葉が本当なら合格だ。俺は
尋問のような質問攻めを終えると、陽はパンと大きな音を立てて手を叩く。そして、その大きな手で耕平の背中を押した。
耕平にはなんのことやら分からなかったが、待遇がすこしだけ歓迎に変わったことは分かった。
「よし、今日はドッチボールをするぞっ!! みんな集まれ!!」
陽が大声を上げると、それまでバラバラに遊んでいた子供たちが陽を中心に、一斉に集まってくる。
ほとんどの子が目を輝かせている中、表情の暗い子が数人いいた。その多くは、小さな低学年の子たちだった。中には耕平の知った顔もある。あまり話したことはないが、耕平と同じ小学校に通う一年生も数人いた。
「チーム分けはどうするよ」
集まった子供たちの中から、陽と同じく背が高い男の子が歩み出て尋ねる。その背丈から耕平は、あの子もきっと六年生だろうと思った。
「おぉ、
亮太と呼ばれた男の子は、小太りで大柄な陽とは対照的にスラっとしていた。坊主頭がそのまま伸びたような髪型の陽に対して、目にかかりそうな長い髪の毛を汗に濡らしている。丸っきり正反対の二人に見えたが、仲は良さそうだった。
「了解。じゃ、早速やるか。じゃ~ん、け~ん……」
掛け声と共に二人は慣れた様子でじゃんけんを始める。最初に勝ったのは、陽だった。
「よしっ! じゃあ茜。取ったぁ!」
陽が真っ先に指名したのは茜だった。耕平には茜がなんとなく乗り気ではないように見えた。
思えば、耕平が児童公園に行きたいと言ったときからずっと茜は乗り気ではなかった。不機嫌とまではいかないが、どことなく静か。異常とまでは言わないが、らしくない。
理由は分からなかった。気のせいかもしれないとも思った。なにせ茜はつかみどころがなく、よく分からないことも多い。
「マジかよ。じゃあ、俺は
亮太に指名されたのは、陽や亮太と比べると少し体は小さいが、それでも耕平よりはずいぶんと大きい、よく日に焼けた男の子だった。六年生か五年生。高学年なのは間違いない。
もう一度じゃんけんの掛け声で陽と亮太は手のひらを差し出し合う。今度も勝ったのは陽だった。
「またお前の勝ちかよ。じゃんけんだけは無駄につえ〜よな」
「うるせー。俺はなんでもつえ~よ」
「分かった、分かった。いいから早く決めろよ」
「分かってるよ。じゃあ、こいつ。耕平にする」
そう言って陽はポンと耕平の肩に大きな手を置いた。突然のことに耕平は思わず陽の顔を仰ぎ見る。続けて茜にも半ば助けを求めるように視線を送ったが、不貞腐れたようにそっぽを向いた茜は、耕平と目を合わせようとはしなかった。
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