第2話 教員による嫌がらせ
「何かあったんですか?」
「管理職にクラス編成と担任のラインナップを提出したら、クレームがついてね。森川は三組の担任に回せ、ということになったんや。」
「いや、ちょっと待ってください。そのクラスは男性教諭じゃないとまずいクラスですよね。」
一年三組の生徒の中には、狼藉者の親とその子どもが含まれていた。小学校からの申し送り事項にも、男性教諭が好ましいと記されていたため、学年会では三組の担任は、厳つい顔立ちの体育教師、後藤田が問答無用で当てられた。
「まぁ、そうねんけどいね。」
歯切れの悪い坂田を無視して、私は校長室に向かった。校長室には、校長、教頭と主幹教諭の水内がいた。
「どうかしましたか、森川さん。」
ノックもしないで入ってきた私を三人は能面のような顔つきで迎え入れた。
「クラス担任変更に関して、納得がいかないのですが、理由を教えてください。」
教頭は私をソファーに座らせ、一年のクラス編成表を広げた。
「まぁ、当初は五組と言うことでお願いをしたのだけど、五組はADHDやLD障害の子が多いから、特別支援コーディネーターの経験がある杉山さんの方がいいんじゃないか、という意見が出たんだよ。」
「しかしながら、三組は小学校からの申し送りの中で、男性教諭が好ましいと記されていました。なぜ私なんですか?副担任に回った教諭陣の中にも男性教諭がいました。その先生になぜ、打診をしないのですか。」
「あんた経験積まな、ならんやろ。」
聞き覚えのある悪声が、校長室の中に響いた。私は目線すら合わせたくなかったから、校長から視線を外さなかった。
「男性教諭が好ましい・・・と記されていただけで、絶対ではないだろう。それに森川さんも五年目を迎え、もっと経験を積んでいかんと、いかん時期に差しかかっとる。楽なクラスばっかり担当していても、教師として成長は図れんやろう。」
「昨年までいた大塚中学校でもそんな楽なクラスばっかり担当していません。不登校児が多くて、しんどい思いをしたクラスもありました。しかし今回は話が違いますよね。小学校から男性教諭でと、引き継ぎ事項に書き添えられていると言うことは、やはり小学校時代に何かしら問題があったのだと推測できます。」
「だから、好ましいという書き方だっただろう。」
水内は徐々に足幅を広げ、小刻みに両足でリズムを取りだした。この動作は、自分のテンションを高めるときに見受けられた、彼独特のリズム運動だ。
懐かしい景色だ。
・・・と、思い出に浸っている場合ではない。
このままでは本当に三組の担任にされてしまう。
「学年主任の坂田先生に聞いたら、三組は森川さんが気にしていらっしゃる生徒さんとその保護者対策で、ほかの生徒さんはおとなしい子どもばかりを入れたと聞きました。要は、その子に靡かないような生徒を配置したと言うことですよね。考えようによっては、問題の彼だけ押さえ込めば、後は何とかなるわけですよ。頑張って一年間持ってもらえないですかね。」
校長は芝居がかった丁寧な口調で私に語りかけてきた。
「あの校長がこのように話し始めたら最後や。抵抗したら、豹変して命がけで切れ出すから気をつけろや―
前任校の送別会の席で、先輩の理科教師が教えてくれた言葉が蘇ってきた。先輩は過去に、指導方法で意見が食い違い、自分の意見をぶつけたときに、机ごと投げられ、あごを針で縫う大けがをしたのだという。
「楓ちゃんなぁ、まぁ三年の辛抱や。誰でも一度は、変な学校に飛ばされる。表向きは、楓ちゃんのソフトボールの部活指導者としての実績を買っての異動と言うことになっているけど、やっぱり教職員組合の青年部での活動は大きいと思うわぁ。うちの校長は、組合嫌いやもん。目障りやから、森川をあそこに飛ばそうか、ってなったんやと思うよ。・・・あの学校は海沿いの漁師町やから、集金未納者や乱波が大量発生していて大変やと聞いたことはあるなぁ。なんとか学納金係だけはならんように祈っておくわ。それ以外は辛抱せんか。しんどい学校は、たいてい三年で出られるからな。毎年、異動希望出すのも忘れんなや。」
さらに先輩は、変な学校には変な人もいっぱいおるから、体にだけは気をつけるんやぞ、と言い、私の肩を撫でるように叩き、隣の教員と話し出した。
今回、学納金担当は何とか免れることはできた。これは副担任の越田さんが任された。しかし三組の担任は阻止したい。
基本的に親が、暴力団員、やくざ者、狼藉者等の場合、何かあっては危ないからと、暗黙の了解で男性教諭を当てるのがこの業界の常識である。なぜ私なのか。他に職員がいるのに、なぜ私なのか。納得がいかない。
「指示に従えま!」
突然、水内が声を張った。私の心の声が聞こえたのか。
「組織に入ったら、その指示に従うんだよ。郷に来たら郷に従えって言うだろ。ぶつくさ言っていないで、指示通りに動けま!」
私は水内に髪を引っ張られ、黒板に叩きつけられた、あの灰色の感触を思い出した。
私はこのときにはっきりと確信した。
三組の担任を変えよう、森川楓にしようと意見を出したのは水内だ。五組に軽度の発達障害児が多いから、特別支援コーディネーター経験者が適当であるなんて、そんな理屈は後付けだ。このへんてこな理屈を唱えたのも水内に違いない。水内は再会した、顔合わせ会の席で、私が香川中学校時代に関わっていた気に食わない教え子であることを見抜いていたのだ。
そして二十年経とうが、水内は私に対しての憎悪を未だに、はっきりと抱いていた。もしかしたら再会して、その憎悪は日々を追うごとに少しずつ、膨らんでいっているのかもしれない。
「わかりました。一年間頑張ります。」
私は誰とも目を合わせず、宙を見つめたまま答え、校長室を後にした。
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