彩佳5

 こんなバカでかいライフル銃を、素人に預けるあの女の神経はわからなかった。

 けれど、こうして現に、威嚇という目的で役に立っているのを見ると、やはりこういった状況で、精密女は変わった読みを発揮するのだろうと実感せずにはいられなかった。

 使い方は、受け取ったときに口頭で教わった。ただ単に、安全装置を外して、引き金を引けばよかった。次弾は自動的に装填されるし、使い終わった薬莢も同じだった。

 異常に重く、狙い通りの場所に、弾がまるで当たらないのには面食らったが、どうだって良い。

「機械化能力者なら、これを喰らえば無事じゃ済まないのは、知ってる?」

 だから当たらなくても、威嚇としての効果は絶大だろう。

 素人といえども、当たる可能性が少しでもあれば、無視は出来ないはずだ。

 犯人は、身構えた。

 私を見ろ。

 私の要求を飲め。

 ここから去れ。

 茅島さんから興味をなくしてくれ。

「銃を捨てて」

 私は、犯人に告げた。自分よりも位の低い最低の屑だと意識すれば、コミュニケーションを取るのにもハードルを感じることはなかった。

「…………」

 唇を噛みながら、岡芹は銃を床に投げ捨てる。妙なほど軽い金属の音が聞こえた。

「茅島さんから、離れて」

 私を睨みながら、すり足で距離をとっていく岡芹。

 早くしろ。茅島さんが落ちる。

 だが、彼女をどうやって引っ張り上げれば良いのか。

 あいつがこの部屋にいる以上、それは叶わない。追い出せば、取り逃がしてしまうことになる。

 さっさと腕めがけて撃てばいいが、どれだけ近づいたところで、当てられる保証もなかった。

「……茅島さん」私は岡芹から視線と銃口を外さないで、彼女に訊く。「上がって、来られますか?」

「…………ごめん」振り絞るように、彼女が聞きたくもない答えを口にした。「ちょっと、無理かも……」

 やばい。

 判断を迷っていられない。

「岡芹! 部屋から出ろ!」私は叫ぶ。犯人より、大事な女の命を私は優先した。

 けれど、犯人は動かなかった。

「何をしてる! 早くしろ!」

「いや……」

 呟く。

「こっちが有利だと、再認識してな」

 岡芹は動いた。

 走って、

 茅島さんに近づいて、彼女の手を踏みつけた。

「ああ!」

 彼女の悲鳴だったか、私の悲鳴だったか、わからない。

 私は銃を抱えたまま、彼女に向かう。

 殺す。

 殺してやる。

 犯人は、そのまま寝かされていたセナを抱えて、銃まで拾って、入り口に逃げる。

「バカ」

 そう言い残して。

「茅島さん!」

 とっさにライフルを伸ばした。

 彼女は、踏まれていない左手で、銃口に掴まる。

 必死で引き上げた。

 茅島さんが軽いからか、彼女の身体を持ち上げるのはそれほど難しくなかった。

 床にへたり込む茅島さん。

「…………ごめん」

 その謝りが、私達の不仲に対するものではないことはわかった。

「茅島さんは……」私は、言う。「いつも、無理をし過ぎなんです。自分から、わざと危ないことをしてるんじゃないですか? 警察が間に合わないからって……あなたがここまでする必要がありますか……?」

「でも、誰かがあいつを止めなきゃいけないの」彼女は顔を上げて、毅然とした表情で、私を見つめた。「今、自由に動けて、都合の良い機能を持っているのは、私だけだもの。だから、私がやらなくちゃいけないの」

「その考えが無理だっていうんですよ! 自分の命を、結局、軽く見てるんですよ!」

「してないって! 彩佳の…………ばか」

 茅島さんは立ち上がって、入り口に向かう。

「追いかけないと……まだ下のいざこざが、治まりそうにないもの。行って……時間を稼ぐ。警察が来るまでに、あいつを中央コンピューターに行かせなければ良い」

「…………ばかは、あなたでしょ」

「……こうしないと」ぼそりと。「ここまでやらないと、施設に認めてもらえないのよ。まともな実績を出して……認めてもらわないと、あの施設を出ることも、出来ないんだから」

 扉に手をかけた彼女だったが、開けなかった。

 なにかが、つっかえている。

「……畜生」茅島さんが漏らした。「扉の前に、なにか邪魔なものを置いて、私達を閉じ込めたみたい」

「……そうですか」

「窓を伝って、隣の部屋から出るしか無いか」

「もう辞めてくださいよ。何、馬鹿なことを言ってるんですか」

 ……。

「だって」私に向き直る彼女。「他に方法があるの? 扉を蹴破る? それも現実的じゃないわ。隣なら鍵が開いてるかも知れない。あなたは危険だから、ここにいて」

「嫌です」

「……あなたも、馬鹿なこと言わないでよ。あなたが死んじゃったら、私、どうすればいいのよ」

「それでも嫌です」

 私は、息を整えた。

「……死ぬときは、死ぬときくらいは、一緒がいいんです。私が生きてる意味なんて、もうそれくらいしかありません。あなたしかいないんですよ。私は、ずっとあなたと死にたいとしか思っていません。そんなことしか願っていません。もう、孤独は嫌なんです。私の気持ちなら、あなたはわかってくれると思っていたんですけど……茅島さんと言っても、大したことはないんですね……失望しました」

「……なによ、それは」

 裏腹に、彼女はふふ、と気の抜けたように笑った。

「勝手に死んだりなんかしないって、言ってるでしょ。そりゃ、さっきはあんなことになったけど、いざとなれば下の階に落ちる算段だったから、問題は無かったわ」

「……本当ですか?」冗談だと思ったけれど、面白いとは思えなかった。

「……本当よ」腰を下ろして、私を見据える茅島さん。微笑んでいる。「でも、さっきはありがとう。ごめん。私ずっと……あなたに心配、かけちゃった」

「……怖いんです」私は、呟く。異常な安心感を、何処かで覚えていた。「だって、茅島さん、自分の命を、勘定に入れてないみたいで」

「前にもあなたに怒られたわね」

「この前のことですか」

「それと、二ヶ月ほど前だっけ。でも、その時から、私の気持ちも同じ。あなたを一人にしたくない」

「…………」

「本当に死ぬような目に遭えば、尻尾巻いて逃げるわよ。その時は、精密女にでもやらせておけば良いのよ」

 彼女は、立って、私に手を伸ばした。

「私は、あの施設で一定の成果を上げたい。調査員として雇った機械化能力者を、信頼に足るかどうか、街で自由にさせて良いのかの判断するのが、あの施設の目的の一つなの。だから上に認められて、危険な機械化能力者じゃないって判断されたら、私は自由。その証明を得られれば、調査員なんか辞めて、施設を出ることが出来る」

「…………そうだったんですか」

 そんな話を聞いたような、聞いていなかったような。もはや記憶にはなかった。

「彩佳」彼女は、言う。「私はあなたと一緒にいたいと思って、任務を粛々とこなして、施設での評判を上げてるってこと」

「……はい」

「だから、心配しないで」急に彼女は顔を背ける。「……これだけのことが、どうして言えなかったのかしら」

 私は彼女の手を取って立ち上がった。

「……信じています。私も、そのために、出来ることはなんだってします」

 外の騒ぎ。急に茅島さんが目を向けた。

 窓を見下ろす。そこからは、人間の頭が密集している様子が、夜の明かりに照らされていて確認はできる。

「……聞き覚えのある足音がする」

「誰ですか?」

「誰だっけ……ここまで出かかってるんだけど」茅島さんはその細い喉を触った。「あんまり仲良くない人だと思う」

「聞き分けられるんですか?」

「まあ、機械化能力者だし……この騒音にも慣れたわ。衝突してる警察隊と過激派とは、また違うリズムで歩いてるから目立ってる。これ、誰だっけ……精密女じゃない、美雪じゃない。二人とは、体重が違う」

 そこまで言われて、私は思い出す。

「ねえ、茅島さん。最後の一手が有るんですけど、賭けてみませんか?」

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