彩佳4

 精密女から、邪魔なものを受け渡されると、私はすぐに茅島さんを追った。

 幸いに彼女は、タクシーを捕まえている最中だった。

「茅島さん!」

 私は、何日ぶりかに彼女に向かって、彼女の名前を呼んだ。

「…………彩佳」

 茅島さんは、煮え切らない表情を見せる。

 ちょうど、タクシーが停まった。彼女が、すぐさま乗り込むので、私も続いた。

 帰れと言われても、もうそんなつもりもない。

 無人タクシーだった。座席に音声認識のパネルが設置してあった。

「区役所まで! 急いで!」茅島さんが機械に告げる。

 了承されたのか、車が動き出す。

 長くはない道のりだった。

 なのに、こんなに気まずいだけで、身体に針を刺されているみたいに、居心地が悪いのか。

 何も話さなかった。窓の外を見ている余裕もなかった。

 茅島さん。

 相変わらず、目が潰れてしまいそうなほど、化け物みたいな美人だ、と思った。

 痛い。

 傷んできた。右手の、傷が。



 区役所の周辺には、警察が集まっていた。

 かなりの大所帯だった。これほど大量のパトカーを見たことがない。人員不足のことを考えると、これで区全体どころか、隣の区からも集められているようにも映る。

 その一方で、スラムの人間は、何処にもいない。

 だったら、何をもたもたとしているのか。

「徳富さん!」

 茅島さんが、私の知らない刑事らしき男に、声をかけていた。

「お前……!」徳富という男は、怒る。「何しに来たんだ! 犯人が立て籠もってるんだぞ! 消えろ!」

「犯人は、区長権限のパーツを持っています」茅島さんが説明する。

「……は。だから犯人は区役所に来たわけか。クソ!」徳富が地面を蹴る。「あいつ、ここを占領するなり、まだ残っていた役所の職員たちを人質に取った。今突入する準備を立てているが、中の様子がわからん限りは、迂闊なことはできん。だから、危険だ。帰れ」

「私は機械化能力者です」茅島さんが言う。「聴覚が優れています。中の様子を、伝えることも出来ると思うんですけど」

「だからお前を潜入させろってか? 確かに、お前のような一般人は、犯人にマークされちゃいないだろうが、相手も得体の知れん機械化能力者だ。丸腰の一般人を、そんな現場に向かわせるほど、警察は間抜けじゃない。相手に、どんな機能があるのかもわからん」

「でも、間に合わないんですよ! 中央コンピューターにアクセスされたら、更新計画が通ります。人質なんて、きっと時間稼ぎです。一刻も早く、犯人を止めないと」

「……クソ、それもそうだ」徳富は舌打ちを漏らす。「じゃあ突入最優先で考えさせる。刺激しないように、何人か尖兵を送る」

「刑事。中央コンピューターの場所は?」

 徳富はその場所を教える。

 入り組んだ場所にあるようだった。

「職員にも、基本的には知らされていない」徳富は言う。「警察には、セキュリティとして伝えられているが、その他に場所を知っているといえば、従来の区長と、区役所の中でも上の方の人間くらいだ」

「だから時間が必要なんだ」茅島さんは独り言を漏らす。「犯人は、きっと中央コンピューターの場所を、知らないんだわ。今もこうしてる間に、一階一階を調べてるのよ」

 その時だった。

 道路の方から、ぞろぞろと人間の塊が歩いてくるのが見えた。

「警察だ! 犬だ! 殺せ!」

 過激派か。彼らはお手製の近接武器を、地面に擦りながら歩くから、足音に混じって、神経がすり減るような、耳に痛い不安になる音がしている。

 徳富は、彼らに気付く。

「あいつら……こんなところにまで来やがったか」彼は、命令を下す。「突入は中止だ! 迎撃しろ!」

 ここでも、衝突が始まる。

 殴る音。倒れる音。棒のぶつかる音。刃物。銃声。怒号。悲鳴。

 徳富も、いつのまにかその前線に消える。

 私達は、エントランスの前で取り残される。

 警察は、結局封じられてしまうのか。

 そんなとき、ビルを見上げていた茅島さんが、私に呟く。

「……行くわ」腹を決めたような、その声。「彩佳は、ここで待ってて」

「え…………」

 嫌な思い出。

「ちょっと、待ってくださいよ! 私も行きます!」

「……何?」嫌そうな表情を浮かべる彼女。「彩佳、また死にかけたいの? 嫌よ、そんなの……」

「勝手に一人で死ぬつもりなんて、私にはありませんよ」

「駄目だって、何回言わせるのよ……」

 茅島さんの顔は、何処か泣きそうだった。

 私のせいなのか?

 私が悪いの?

 私が駄目なのが行けないの?

 私が役に立たないから?

 私が機械化能力者じゃないから?

 だったら、そんなに駄目な私だったとしても、

 あなたは私と一緒に、死んでくれるんじゃなかったの?

 放心していると茅島さんは、いつの間にかエントランスに向かって走っていた。

 待って。

 追いかけた。

 置いていかれたくない。

 また、置いて行かれたくないだけなの。

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