ふくみ4 15日 3時
「すずめがいないんですよ!」
スラム街からライブハウスに戻ったときに、楽屋で孟徳がそう叫んでいた。
「すずめさん?」ふくみは尋ねる。「来ていたの?」
「そうなんですよ! 今日も暇だからって! 見に来てて……終わったらすぐに自分の仕事場に行くつもりだったみたいなんですけど、そこにも行ってないんですよ!」
どういうことだ。ふくみは嫌な予感を隠しきれなかった。
さっきの銃撃騒ぎは、孟徳を狙ったものだろう。その理由は、養子だとは言っても資産家の馬郡の息子だから。となると、同じく馬郡の娘であるすずめも、狙われないという道理もなかった。
何処へ行った。もう、殺されてしまったのだろうか……。
不謹慎なことを考えていると、精密女の端末は鳴る。
嫌な予感がした。けれど、精密女はいつもと同じように表示を確認してから、ふくみに「知らない番号ですね」と告げ、電話に出る。
会話。端的だった。ふくみの耳であれば聞こえるのだけれど、彼女は怖い気がして、耳をふさいでいた。
精密女は電話を切る。
「スラムの人たちですね。すずめさんはそこで人質にされています」
「え? なんですって……?」
淡々と、精密女は衝撃的なことを言う。
「いわゆるスラムの過激派でしょう。すずめさんは預かったから、交渉に来い、ということです。私の番号にかかってきたのは、すずめさんが漏らしたからでしょう。向こうの要求はわかりません。とにかく、指定するマンションの一室に来い、ということです。私とふくみさんと、孟徳さんで」
逆らえば、すずめが殺されるのか。
いや、どうせ殺すつもりだ。ならせめて、ターゲットを一点に集める餌にでもしようという考えだろうか。
「用心して下さい」
精密女はゆっくりと立ち上がる。
「ふざけた奴らですよ、敵は」
要求されたマンションの一室。例のマンションとも違う、スラム街の入り組んだ先に存在した、ほとんど廃墟とでも言えそうなくらいの、不潔な所だった。
部屋は家具も揃っていた。誰かの住居だろうか。そんなことはどうだってよかった。
リビングルームに足を踏み入れると、奥から男が現れる。数人。寝室だと思われた。障子の間。リビングと、廊下でつながっている個室から入ることが出来るようだった。
すずめが、いる。彼女は不安そうにしていたが、ふくみたちを確認すると、安心したのか、焦っているのか、よくわからない感情を一緒にぶつけたみたいな表情になった。
リビングには、古びたソファ、テレビジョン、枯れた植物があった。窓からは、隣のマンションしか見えない。脱出のために飛び降りるのも、現実的な通路ではなかった。
「茅島さんたち!」すずめが、奥から叫んだ。男二人に、両腕を掴まれていた。「こいつらどうにかしてよ! 頭がおかしいわ!」
精密女は指で相手の人数を数える。電線に留まっている鳥を見ているような、日常的な仕草だった。
数え終わってから、言った。
「あなたたち、どういうつもりですか?」
代表的な男が、ふくみたちを眺めてから舌打ちを漏らした。その手には、自分で制作したらしい刀のようなものが握られていた。美しさのかけらもない、ただの薄い鉄の物体だった。
「馬郡の息子はどうした? いないじゃないか」
「来ていますよ」精密女は腕を組んでから答える。「あなたたちが、すずめさんの安全を保証してくれるとは限らないでしょう。それまで外で待っていてもらっています」
「は。用心深いことだ」
「あなた達の要求はそれだけ?」
「いや違う。お前たちに手を引いて欲しい」
そう来たか。ふくみは、内心で呟く。
「お前たちは邪魔だ。馬郡と槇石の殺人事件、それから前の区長に関連する事柄、暗号。その全てから手を引け。街から、出ていけ」
「私達を随分と高く買っているんですね。警察より脅威だと?」
「犯罪に対抗する専門の機械化能力者調査員の噂は、聞いたことが有る。あまり関わらない方が良いと言われている」男は個人制作刀を向ける。「われわれもそう伝えられているだけだ。詳しくは知らない」
「殺人事件は、あなたたちが起こしたんですか?」
「言うわけ無いだろう」
どうせ違うんだろう、ということを、ふくみは耳を使ってなんとなく察する。
彼らは、ただ使役されているか、殺人をきっかけに活動を始めた便乗犯に過ぎないのかもしれない。
ふくみは精密女の一方後ろに隠れて、言う。
「悪いんだけど、こっちも仕事なのよ。手を引くつもりはないわ。契約違反になるもの」
聞いたすずめの顔色が悪くなる。精密女はそれを見て、右手のジェスチャーでなだめた。
男はわけがわからないという顔をする。
「何を言っているんだ。バカか。この女が、死ぬぞ?」
「それも困るわ」
「手を引け。そのことが確認できるまで、女は預かる」
「殺す度胸もない?」
「黙れ」
「手を引いて、街から出たことって、どうやって確認を取るのよ」
「いいから街から出ろ」
「そんな不明瞭な要求に従うなんて、出来るわけ無いでしょ」
「お前たち……この女が、大切じゃないのか?」男はすずめを見た。「薄情だな」
「それも困るって言ってるでしょ」ふくみは、彼らを眺める。「そう言えば聞きたいんだけど、あんた達は機械化能力者?」
「教えるか」
「液体を吸い上げる機能を持った人間って知らない?」
「そんなやつは知らん」
「親切なのね」
「嘘に決まっているだろう」
「知ってるわ」ふくみは耳を指差す。「耳で、聞いたもの。あなたは嘘を言っていない」
男は一歩下がる。
「それがお前の機能か……?」
「教えない。自分で考えなさい」
精密女が、一歩、両腕を広げてから、すずめに告げた。
「すずめさん、私が『あ』って言ったら、床に伏せて下さい」
――。
その場の全員が、精密女に注目した。
彼女の動きに、
次に何をするのか、
どんな策略なのか、
それを気にした。
気にしたっていうのに、精密女は何もしなかった。
その時、
「馬鹿野郎! 死ね!」
孟徳が、隣の個室から飛び出す。
持っていた棒で、すずめを捕まえていた男二人を殴り倒した。
同時に精密女は動く。
交渉役の男を殴り倒す。
次の男を殴る。
次も、
次もそうした。
「すずめさん!」
精密女に声をかけられたすずめが、彼女の方に駆けた。
精密女は、すずめの腕を掴んで、すぐにふくみの方に彼女を押した。
ボールを受け取るみたいに、ふくみはすずめを両手で触れた。
「女!」
精密女に殴りかかる男数人。
それを、腕を振って倒す。
男は倒れ、
男は吹き飛ぶ。
これが……精密女の実力。
ふくみは彼女を見ながら恐ろしく思う。
武力行使に於いて、彼女よりも優れた機械化能力者は、施設にはいないと言われることもある。
気がつくと、男たちは全員その場に倒れ込んでいた。
死んではいない様だった。急所を外して気絶を狙うだけの知識と技量をも精密女は備えていた。
ふう、と精密女は倒れた男数人を見下ろして、
「『あ』」
と今更ぽつりと呟いた。
静まり返っていた。もう誰も、まともに抵抗する意志なんてものを持ち合わせていないのだろう。
「す、すごいっすね……」孟徳が若干の畏怖を隠しきれないで、言う。「鈴木さん、強かったんですね……」
「ま、プロですから」精密女は息も切らさないで、そう口にして、両腕を確認する。「美雪さんがいないと、メンテナンスも疎かになりますから、今後フルパワーで稼働させるのは無理がありますね。普段はスイッチでも切っておきますか」
「大丈夫なの?」ふくみが尋ねる。
「最悪の場合、あなたに手伝ってもらいますよ」
警察に連絡をして、部屋を出る。あいつらは何も知らないだろうが、なにか警察が聞き出せれば良いとは思った。すずめを送り届けた後に、警察に説明に来いとも言われた。
孟徳がすずめの肩に手を置いていた。すずめは泣いていた。死ぬと思っていたのだろうか。
「もう安全には暮らせないのかな…………」
彼女のその吐露に、答えられる人間は、この場にはいなかった。
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