恋人ができたとドッキリを仕掛けた結果、幼馴染の機嫌がめちゃくちゃ悪いんですけど

ヨルノソラ/朝陽千早

幼馴染にドッキリを仕掛けた

 その日。

 俺は、ネットで拾ってきた可愛い女の子の写真を上手く合成させて、カップル写真を制作していた。


「く……くくっ」


 恋人のいない侘しさをこんな形でしか埋められないわけじゃない。


 では、

 どうしてこんな惨めなことをしているのか。


 それにはもちろん理由がある。


 夏休みに入ってすぐの頃。

 俺は隣の家に住む幼馴染──初瀬里菜はつせりなと、勝負をした。


 負けた方が夏休みの宿題を全て終わらせ、勝った方はその宿題を写す権利を得られる。


 そういうルールを敷いた上での重みのあるジャンケンだ。


 結果から言えば、俺はあっけなく負けた。

 それだけなら、まだ良かったのだが……。


「散々、遊び呆けやがって……」


 里菜は、俺を嘲笑うかのように、毎日のように俺の部屋にやってきては、宿題を手伝うでもなく漫画を読み漁り。

 挙句の果てには、「暇だからゲームしよー」と邪魔までしてくる始末だった。


 おかげで、普通に宿題をやるよりも時間がかかってしまった。


 こっちの苦労も知らずに、今頃俺の宿題を写しているアイツに少しくらい仕返しがしたいと思うのは、極めて当然の流れといえよう。


「よし」


 準備が完了し、俺は満足げに吐息をこぼす。


 それではこれから、幼馴染に対して行う仕返しの詳細を説明しよう。


 まず、このカップル写真(俺と見知らぬ女性のツーショットだが)を、机の上にそれとなく忍ばせておく。


 里菜は俺の部屋の変化には敏感なため、この写真を発見するだろう。


 里菜のことだ。

 合成写真だと見抜く前に、ただただ衝撃を受ける。


 俺も里菜も恋愛経験0の残念高校生だからな。

 先を越されたとひどく焦燥感に駆られるはず。


 そこからは俺が事前に用意した作り話を展開し、里菜に焦りを覚えさせていく手筈だ。


 そうして最後にネタバラシ、という流れ。


「どんな顔するかな……。里菜のやつ」


 里菜の反応を想像して、ほくそ笑む俺。


「さて」


 今日は夏休みの宿題を写すので忙しいだろうし、里菜が俺の部屋にくるのは明日とかだろう。


 俺はベッドに寝転がると、連日の勉強疲れを癒すようにまぶたを落とした。




 数時間後。



「……ん」


 目を覚ますと、左手に人肌の感触を覚えた。


 眉根を寄せ、上半身を起こす。


「え、えっと……里菜?」

「……おはよ。やっと起きたんだ?」


 ベッドに背中をあずけ、クッションの上に座る里菜を発見する。


 ミルクティーベージュの髪を胸元まですらりと伸ばし、俺が昔あげたヘアピンで前髪を留めている。

 少し猫っぱい目が特徴的で、瞳はうっすらと青みがかっている。僅かだが胸元がはだけていて、この位置からだと谷間が見えていた。


「いや、なんで俺の手、握ってんの?」

「別に。……握っちゃだめ?」

「ダメというか、なんというか」

「はっきり言ってくんなきゃわかんない」

「え、えっと、照れくさいのでやめてください」

「それが理由なわけ?」


 いつになく里菜の機嫌が悪かった。


 あ、あれ? 

 どうしたんだろうか、今日のこいつは。


 俺が渡した宿題に不満があったのか? 

 いや、宿題で手を抜いた箇所はひとつもない。もちろん、わざと間違った回答を書いたものを意地悪で渡した、みたいなこともしていない。


 というか、女子の手ってこんな柔らかかったっけ……。

 幼馴染相手とはいえ、段々と変な気持ちになってくる。


「と、とにかく離してくれないか?」

「やだ」

「な、なんでだよ」

「私と手を繋いでたらダメな理由ある?」

「……ないけど」

「……嘘つき」


 里菜は歯ぎしりをすると、あさっての方を向いて吐き捨てるように呟いた。


 一体、俺に何を言わせたいのだろうか。

 生憎と嘘を吐いた覚えは何もない。


 と、そこで俺は机の上に置かれた写真立てに気がついた。


 そうか。

 あれを見たから里菜の様子がおかしいのか。


「あ、ああ、そうだ。俺、彼女ができてさ。だから、こうやって手を繋がれるのは少し問題がな」


 とりあえずネタバラシはまだ先だ。


「……初めからそう言えばいいじゃん。下手に隠そうとしないでよ」


 里菜は独り言のように漏らすと、俺から手を離す。


 な、なんだろうか。この罪悪感。

 俺に彼女ができたドッキリを仕掛けて、抜け駆けされたと焦燥感を覚えさせるつもりだった。


 ただ、どうにも明るい感じで進められる雰囲気ではない。


 そもそも今日は里菜がウチに来ないと思っていたからな。予定通りに進められていない。


「いつできたわけ?」

「……み、三日くらい前かな」

「その日って、私、ユウマの部屋にいたよね」

「いた気がするけど」

「じゃあ、あの後、他の女と会ってたんだ」

「お、おお」


 なにこれ、尋問? 


 里菜の俺を見る目が怖いんだけど。


「よかったじゃん。ずっと彼女ほしいって言ってたもんね」

「あ、ああ……まぁな」

「これからは私、ユウマの部屋に来ない方がいいよね?」

「いや、なんでそうなるの?」

「だって彼女できたんでしょ。他の女がユウマの部屋に出入りしてたら、彼女さんいい気持ちしないじゃん」

「それは、そうだけど」


 もし本当に彼女ができていたら、里菜が自由に俺に部屋に出入りしている環境は良くない。


 幼馴染とはいえ、異性だ。

 浮気を疑われる原因になりかねない。


 だが、実際のところ俺に彼女ができたわけじゃない。


 里菜は多少図々しいところはあるけれど、一緒にいて楽しい気の許せる女の子だ。

 できることなら、これからも俺の部屋でダラダラと駄弁ったり遊んだりしていたい。


 里菜は腰を上げると、扉の方に向かっていく。


「気になってる人がいるなら、ちょっとくらい相談してほしかった」


 こちらには一切目を向けないまま、里菜は寂しそうにぼやく。


 途端、噴水のように俺の中で悔恨の念が芽生えた。


「ま、待って。里菜」


 里菜はドアノブに手をかけたまま、動きを止める。


 俺は里菜の元に駆け寄ると。


「あ、あの写真、俺が合成して作ったやつなんだ。だ、だから、なんつーか俺、彼女とかできてない!」


「…………はっ?」


 緊張しきった室内の空気が弛緩していく。


 里菜の呆けた声だけが小さく木霊していた。



 数分後。



 俺たちは組み立て式のテーブルを挟んで向かいあって座っていた。


「……ば、ばっかじゃないの?」


 俺の弁明を聞き終えた後、里菜はヒクヒクと頬を歪ませながら、心底呆れたように罵倒してくる。


「ご、ごもっともです……。ただ少しくらい仕返ししたかったんだ」

「仕返しとか高校生にもなってやること?」

「うっ……。でも、こっちが宿題やってる時に、呑気に漫画読んだり邪魔してきたりするから、ちょっとフラストレーション溜まってたんだよ」

「あ、あれはユウマが一人だと全然、宿題しないからじゃん。だから私が監視しててあげたの」

「あんな監視があってたまるか」

「てか、仕返しするにしたって、こんなやり方しないでほしかった」


 里菜は声のトーンを落とす。


「ご、ごめん。俺に彼女できたら先越されたって焦るかなとか思って」

「そんなの焦るに決まってる……。わざわざドッキリしなきゃわかんない?」

「悪い……。もう二度としない」

「当たり前だし」


 里菜はポツリと呟くと、テーブルに手をついて立ち上がった。


「ど、どこ行くんだ?」

「もう帰る。……じゃーね」


 変わらず機嫌を崩したまま、里菜は踵を返してしまう。


 ドクドクと俺の心臓の鼓動が早まっていく。


 このまま帰らせていいのか?


 ──いいわけない。

 

 俺は固く拳を握ると、だんだんと遠ざかっていく里菜の背中に向かって。


「……帰るなよ」

「は?」


 里菜がこちらに振り返ってくる。


「さすがに、この一連の流れで何も気がつかないほど、鈍感じゃないから、俺」


「……っ。い、意味わかんない」


 里菜はプイッとそっぽを向くと、桜色に頬を染める。


 俺は口の中に溜まった唾をごくりと飲み込んでから。


「ゲームで負けた方が、告白するってルールじゃ、だめ?」


 そう切り出すと、里菜の肩がピクリと上下した。


 数秒の硬直のあと、

 里菜はチラリと俺に視線を送ってくる。


「……ゲームじゃずるい。ユウマの方がゲームはうまいじゃん」

「じゃあハンデありにしよう」

「だったらジャンケンでよくない?」

「ジャンケンはこの前負けたからな……」

「まぁ、ゲームでもいいけどさ」

「さんきゅ」

「でもその代わり、私が勝つまでやるからね」


 里菜はわずかに口角を緩めると、俺の隣にやってくる。


 テレビの電源をつけて、コントローラーを手に持った。


「勝つまでってズルくないか?」

「だって、告白はされたいじゃん」

「……っ。わがままだな」

「ユウマには言われたくない」


 自然と頬が上がり、笑い声に包まれる。


 里菜は肩がぶつかるくらいの距離に迫ってくると、コツンと頭を乗せてきた。


「ちょ、り、里菜……さん? なにして」

「私に意地悪した罰」

「意味わかんないんですけど」

「ユウマが使うキャラは私が選ぶからね」


 対戦ゲームのキャラ選択画面に遷移して、里菜が俺のコントローラーを奪う。


 だが、そんなことよりもこの恋人同然の距離感が俺の精神を崩壊に導いていた。


 こ、これは理性が正常に動きそうにないぞ……。


「お、お前さ、搦め手つかって俺に勝とうとしてる?」

「あ、バレた?」


 はぁ……。


 この調子じゃ、早々にゲームで負けそうだな。

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恋人ができたとドッキリを仕掛けた結果、幼馴染の機嫌がめちゃくちゃ悪いんですけど ヨルノソラ/朝陽千早 @jagyj

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