第92話新王太子(元公爵)side


 机の上に置かれた未決裁の書類の束。


 王太子に就任してまだ日が浅い。にも拘わらず国王陛下父上に王としての執務の大半を任されている。幾ら世継ぎの王太子であっても王ではない。あくまでも国王の補佐的な役割に過ぎないのだ。


 書類を手に取り、内容を読むだけで溜息がでる。


「このような重要決済まで回ってくるとは……」


 どう見ても王太子が決裁してよい代物ではない。だが、この国の最高権力者である国王陛下の許可の元で行われている以上、誰も文句を言えない状況にある。というのも、国王陛下は執務の全てを自分に任せている訳ではない。国王しか許可できない案件もある。その場合はしっかりと指示している。また、「代替わりは早い方がいい」という国王の言葉に逆らえる者もいない。国王陛下の年齢を考慮しても間違っていないと感じる臣下が多い。

 


『退位したらをしたい』



 国王陛下父上が最近よく口にする言葉。

 他の者達はそれを「隠居してゆっくりと余生を過ごしたい」と思っているようだが、きっと違う。


 憎しみとは、ある意味途方もない力を発揮するものだ。


 そして、想像もつかない結果をも生む。


 いや、国王陛下父上にとっては計画通りなのかもしれない。



 チェスター王国は自国の王女元王妃の一件で国際的な信頼を失い計り知れない損害を与えられた。数代先まで諸外国との縁組は望めないだろう。その損失は想像を絶するものがある。王国の衰退は免れない。舵取りを誤れば国そのものが消滅しそうな勢いだ。かつてない国の危機に王族を始めとした国政に深く関わる者達が責任の押し付け合いをしていると聞く。元王妃の存在をにしているとも……。家系図から名前を消し、公文書からも消し去り、肖像画は全て灰となったとも。そんな事をしても存在を消す事などできないと言うのに。隣国は臭い物に蓋をするとばかりに、元王妃の生きた形跡を躍起になって消している。その行為が余計に諸外国から不信と嫌悪を向けられている事も知らずに。


 隣国が浮上する事はないだろう。


 国王陛下父上がそれを決して許さない。


 己の人生を掛けて滅ぼすつもりだ。



 元王妃との結婚を喜び応援した貴族は既にいない。


 元王妃が祖国から連れてきた女官達が嫁いだ貴族家も滅ぼしている。


 残っているのは元王妃とチェスター王国。



 

 元王妃の幽閉も復讐の一つだろう。

 廃妃された元王妃の処遇を気にする者は誰もいない。意図的に情報が遮断されているとしか思えない程、何の情報も入ってこない。国王陛下父上が情報を操作しているのだろう。ならば、考えられるのは元王妃は貴人屋に閉じ込めていないという事だ。国王陛下父上の元王妃への恨みは深い。一瞬で死なせるなど優しい方法は取らないだろう。長く苦しめる算段だ。



 マクシミリアンの誕生に国王陛下父上は何らかの関与をしている筈だ。


 王家の御落胤などという都合のいい存在がいい例だ。

 元王妃の過去の所業が酷すぎて誰も疑問に思っていないようだが、他国の王女がどうして嫁ぎ先の王家の落胤と出会えるというのだ。



 


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