第81話事件8


「他人の婚約者を奪おうと画策するだけでは収まらず相手の御令嬢に危害を加えようとする腐った根性は親譲りか……。王女という身分に産まれながら王族の義務も責任も果たさない。王国のために何かをなした訳でもないのに権利だけは一人前に貪るとは……幼少から何も変わっていないと見える」


 憎悪の籠った声。

 その声のする方に振り返るとそこに居たのは医師だった。


「嘗て、その手で子爵家の娘を殺しておきながら反省することも無く再び罪を犯す……どこまでも醜悪だ。同じ人間とは到底思えないおかしな思考回路も相変わらずか。だが、のように逃げおおせる事はできないぞ」


「な、なんなの?医者の癖に偉そうに。私を誰だと思っているの!」


「名ばかりの王女様。母親と同じようなマネをする恥知らずな王女様。流石は母娘だ。行動がそっくりときている。もっとも、帝国の第二皇子殿下は王太子殿下と違って女性の趣味が良いようですからね、王女様のはどちらにしても効かなかったでしょうが」


「お母様? お母様と同じ? 一体何の話?」


「おや? まさか御存知ないんですか?」


「何のこと?」


「これはこれは……ご自分の御両親の事だというのに何も知らないとは。御両親から馴れ初めを聞いていないのですか? 王宮の者達の噂にも上ったでしょうに。王女様の耳には聞こえなかったのですか? 実に都合のいい耳をしていらっしゃる」


「何? 噂? お父様とお母様が何をしたって言うの?」


 リリアナの言葉に周囲は騒めいた。


「え……王女様は知らないのですか?」


「知らない筈ないのだが……有名な話だ。小さな子供ですら知っている事だぞ」


「誰も話さなかったのか? いや、でも学園でも噂になるだろうに」


 何も知らないリリアナに他の親達は困惑顔だ。自分の子供達に目を向けるものの、息子達は目を反らす一方だった。そうか、男子生徒は知っているか。当然だな。自分の親は私達よりも年上で学年は被っていない。とはいえ、当時の騒動は知っているのだから話に聞いていたのだろう。だからといってワザワザ確認する者はいない。リリアナの不興を買うようなマネは誰もしなかったと見える。下位貴族ならではの処世術だ。だからこそこんな事態に陥っているとも言えるのだが。



 「な、何? みんな知っているの?」


 周囲の反応が自分の思っていたものとは違う事に気付いたリリアナはぐるりと周りを見る。誰もリリアナと目を合わせようとはしない。



「私達からしたらを王女様だけが知らない。無知は罪といいますが、教え諭さないというのも罪深いものですね」


 痛烈な皮肉だ。

 この医者はリリアナを非難しながら親である私達を標的にしている。

 確かに、渦中の中にいるリリアナは無知すぎた。だが、それも無理ない事だ。リリアナは幼少の頃から下位貴族の子供達としか交流を持てなかった。当然、王女のリリアナに遠慮して会話に上らないようにしていただろうし、その後の療養先やボーテ王国ではそもそも話題にもならなかった。


 それにしても先ほどから憎悪の籠った目で見てくる医者は何なんだ? まるで仇敵でも見ているかのような目だ。この医者に何かした訳でもないというのに……何だと言うんだ。

 

 


 平民出身の名医、シン。

 彼がコクトー子爵の元友人であり、子爵家の子供達を我が子同然に可愛がっていたという事を知ったのは随分と経ってからだった。

 


 




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