第62話過去8 ~王太子妃side~


『サリーと居ると肩の力を抜くことができる』


 そう言って甘えてくるマックス。

 今まで男性から甘えられた経験が少なかったせいか新鮮だった。

 私が王太子の寵愛を得ていると知ると、今まで遠巻きにしていた下位貴族がどんどん周囲に集まってきた。彼らの助けもあって、誰にも邪魔されることなく目的を達成する事ができた。スムーズ過ぎて逆に怖いくらいだった。


 マックスと侯爵令嬢の婚約解消――


 マックスが侯爵令嬢に慰謝料を払わされた。

 しかも、侯爵令嬢は「辺境伯爵位」まで得たと知った時は絶句した。だって、この国では女性の爵位継承は認められていない。なのに……。



 ありえない事態だった。

 そんな未来を想像していなかった。

 

 蹴落とした女の無様な姿を見られると思ったのに。

 お高くとまっている侯爵令嬢がマックスに泣いて縋りついてくるのを足蹴にして笑ってやろうと思っていたのに。


 なのに、婚約解消された侯爵令嬢はマックスの事を気にも止めていないという噂を耳にした時は、ありえないと思った。気位の高い令嬢がやせ我慢しているだけだと信じて疑わなかった。だって、王太子に婚約を解消されたのよ?傷付いて立ち上がれないに決まっている。もしかしたらショックで寝込んでいるのかもしれないと思ったのだから。「今、両親を説得している最中だ。近いうちに婚約を発表しよう」とマックスが嬉しそうに話してくれたから、間違いなく私が王太子妃になる。だから、侯爵令嬢は王太子妃付きの侍女にしてあげようと思ったのに――

 

 

「はっ!? コードウェル公爵領? マックスの元婚約者は今公爵領にいるの? ……なんでまた……」


「コードウェル公爵と結婚したからだ」


「結婚!?」


「ああ……」

 

 考えもしなかった話だ。

 

「急すぎない? 結婚なんて……折角、私の侍女にしてあげて仲良くしたかったのに……」


 心にもない事を言った。

 本当は、侍女にしてこき使ってやりたかった。

 でも、マックスの前で本心を言う訳にはいかない。


「え? 侍女? それは無理だよ、サリー。高位貴族は侍女にはなれない。なるとしたら『女官』だ。まぁ、跡取りのセーラには元々無理だろうが」


「え?」


 マックスの言葉が反転する。

 高位貴族の令嬢は侍女になれない?

 女官になる?

 なにそれ……下位貴族の令嬢にとっては王宮での出仕といったら「侍女」なのに……。こんなところにまで身分が関わってくるの!?

 冗談じゃないわ!


「そ、そうなの……王宮の事は詳しく知らないから……」


「いや、いいんだ。これからゆっくりと覚えていけばいい」


「そうね……」


 計画が狂った。

 侯爵令嬢を侍女にして、何れは下位貴族の男を紹介してあげようと思っていたのに。王太子に捨てられた。同年代の高位貴族の男には婚約者がいる。だから余り者と結婚するしか道はないと思ったから、取り巻きの男の妻にさせてあげようと考えていたのに。

 侯爵令嬢の顔は綺麗だ。

 下位貴族の男の何人かは「一度でもいいから御相手して欲しい」と酔った時に聞いた。だから、渡してあげようと思っていたのに……。だって、もう侯爵令嬢は社交界に出れない。男爵令嬢に負けた女のレッテルを貼られている。私が正式に王太子妃なった暁には、妃命令で侯爵令嬢の縁組を整えて恩を売るつもりだった。皆が幸せになれる計画だったというのに。

 



 

 その後、マックスと結婚し晴れて王太子妃になった。



 国王がすんなりと私達の結婚を受け入れてくれたお陰だ。

 やっぱり、我が子は可愛いのね。結婚前後にちょっとした騒動があったけど、今は落ち着いている。マックスは騒動に対して随分沈んでいた。下位貴族の友人が殆どいなくなったせいね。けど、アレは自己責任よ。牢屋に入れられるのはそれ相応の事をしでかした結果でしょう。何でか、だと激昂して手が付けられなくなった罪人もいたそうだけど、なんで私とマックスのせいになるの? 人のせいにしないで欲しいわよ、まったく。


 彼らのせいでマックスの落ち込みようは酷かったわ。慰める私の身にもなってよ。大変なんてもんじゃないわ。あんな連中はさっさと忘れた方がいいのに。あの人達と親しかったせいで私とマックスまで嫌味を言われたり嫌な目で見てくるんだから!


 

 

 


 

 


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