第44話帰還3


「ありがとうございます。けれど、まだ日取りが決まっただけですわ」


「帝国の公爵家に婿入りされるなんて素晴らしい事です」


「本当に、公爵家から是非にと望まれた婚姻ですもの」


 目も前にいる王太子妃など眼中にないとばかりに会話は進んでいく。


「では、ハイド公爵家は御息女が跡をお継になるのですか?」


「そうなりますね。帝国の公爵家の縁組が成立した時点で娘には跡取り教育を施していますから問題はありませんわ」


「御息女も優秀と評判ですもの」


「まだまだ若輩者で恥ずかしい限りです。ですが、女性爵位の継承が認められたのは僥倖です。王太子妃様、ありがとうございます」


「え?」


「王太子御夫妻ののお陰ですわ」


「え?」


「本当にありがとうございました」


 本心からの言葉だろう。

 貴婦人としては珍しい満面の笑みだ。

 我々に対する当てこすりでも何でもない、本当に心から思っての言葉なのだ。嫌味でも何でもない言葉の方が精神的にクルものがある。一方、何故感謝されるのか分からないサリーは困惑気味だ。


「……どういたしまして」


 訳が分からないまま感謝を素直に受け取るサリーに溜息しか出ない。周囲の高位貴族の夫人達は口元の扇子をあてて「クスクス」と嗤っている。バカにされながらも感謝されてもいる。



 ザワザワと入り口の周りが騒がしい。

 貴族達の囁く声。気になって目を向けると、そこには嘗ての婚約者の姿があった。

 


 眩いばかりの美貌は今も健全であった。

 いや、少女時代よりも更に美しさが増していた。大人の女性の魅力とでもいうべきか、薫り高い色香が備わったようだ。セーラの姿に見惚れるのは何も男だけではない。女性達も優美な姿のセーラから視線を外せないでいる。隣にいるのがコードウェル公爵なのだろう。セーラを守るようにエスコートしている。セーラの胸元を飾る首飾りの宝石はコードウェル公爵と同じ目の色。噂通り、コードウェル公爵はセーラを溺愛しているようだ。


 コードウェル公爵夫妻は国王陛下に挨拶をする。

 こうしてみると父上と公爵は驚くほど似ていた。コードウェル公爵が歳を取れば父上と瓜二つになるのではないかと思う程だった。そういえば、公爵の噂はよく耳にするが会うのは初めてであった。公爵は王都嫌いと噂になる程に。父上は公爵夫妻と話が弾んでいるようで、こちらに挨拶にくる気配はなかった。


 私としては挨拶にきてくれた時に、今までの事を謝りたかった。長年婚約者として陰に日向にと支えてくれたセーラに酷い婚約解消などという酷い仕打ちをしてしまった。王族が、ましてや次期国王が臣下に謝罪する など前代未聞だろう。サーラを困らせるかもしれない。だが、誠意だけは示したかった。



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